29号の日記
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2003年03月18日(火) 開戦決定・・・。

本当はもっと時間と手間をかけて、「思うこと」の方に文章を書きたいんだけど、忙しくて暇がないので、今ここで簡単に「思うこと」を書きます。

とうとうあの国は戦争に踏み切るのね。
攻撃される側の痛みに全く気づかないまま。
今まで挫折を知らずにきた、余りにも恵まれすぎてきた国、
本当、鈍い国だなと思う。

そしてその体質(行動パターン)は太平洋戦争の時と少しも変わっちゃいない。

太平洋戦争(多分それ以前も)の時からのあの国の行動パターンは明快だ。

1、自分の思い通りにならない国がある。
2、その国を仮想敵国に指定する。いわゆる、「ならず者国家」ね。後の戦争を有利に進めるため、予め敵の戦力を剥いでおく。
3、無理難題を押し付ける。
4、開戦。

60年前の日本もこうして開戦に追い込まれたようなものである。
1、アジアでの植民地争奪戦の最後発組だったあの国は、満州に目をつけた。
満州は、日露戦争で日本が、ロシアと激しく勢力争いをして苦労してようやく勢力圏に組み入れたばかりであった。そこに「共同経営しよう」と話を持ちかけた。日本は、何の苦労もしないで「共同経営」をもちかけ、分け前だけをもらいにきたような、あまりにも虫のいい、かの国の要請を、当然蹴った。
2、かの国は日本を仮想敵国と指定した。排日移民法で、日本からの出稼ぎ移民を締め出した。日本は重量比で、かの国の6割の軍艦しか持ってはいけないという国際条約を作って、守らせた。(当時の日本は、泣く泣くこれを守った。)
3、かの国は、日本に対し、兵糧攻め(石油供給をストップ)にした挙句、(今ではかの国は石油輸入国であるが、当時は輸出国であった。)「今までに大陸で得た権益をすべて放棄しろ。それが嫌なら戦争だ!と脅した。
4、窮鼠猫を咬む思いで、日本は奇襲攻撃に踏み切った。

俺は、あんなにも生真面目に、大量破壊兵器の査察に応じ、ミサイル廃棄に応じ(射程150キロを超えるミサイルをすべて廃棄したら、ほとんど丸裸も同然・・・。)ているのに、結局は「フセインが国外に亡命しない限り戦争だ!」と、無理難題を叫ぶ姿に、60年前の日本を想起する。

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 俺の親父は戦前生まれなんだよね。幼いなりに戦争の記憶が残っているみたいで、ずっと昔、話を聞かされたことがある。唯一残っている記憶が「灯火管制」。夜、明かりが窓の外に漏れていると、飛行機に見つかって爆弾を落とされるからと、窓という窓に目張りをして、わずかな光さえも外に漏らさないようにしていたらしい。もし、集落の誰かがちょっと不注意で、外に光を漏らしていて、それが上空の飛行機に見つかっていたら、今頃俺は生まれていなかったかもしれない。
 今の爆弾は一度照準を合わせれば、昼でも夜でも勝手に飛んでいって目標を破壊するから、きっと、「しまった、光を漏らした!」なんて思う間もなく、そこにいる人達は死んでいくんだろうな・・・。


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