diary of radio pollution
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2012年08月28日(火) 東北旅行二日目

吾唯知足。

昨晩の寿司屋の帰路、またもやお土産を渡していないことに気付く。一日、二回も渡しそびれ、二つも鞄に大切に入れながら、ただただ歩いていただけの自分に呆れる。うっかりにも程がある。疲れていたから、ということにする。

普段、起きないような時間に起床。身支度を整え、レンタカーを借りに行く。さすがに、昨日からの睡眠不足による疲労、そして、昨晩の大酒、十分に寝たとはいえ、いつものような心地とは異なる。まぁ酒は年なので、ほどほどにということか。

車を得てから、ひたすら下道を北上。知らない道、初めての土地を走るのは最高に気分が良い。しばらく走り、松島へ。

徐々に近づくにつれ、光景が京都の日本海側のように感じる。何となく懐かしい感じだろうか。松島はさすが有名観光地か、老若男女入り乱れている。時間はなかったので遊覧船には乗らず、陸から少し眺めて移動することにする。歩いていると、ここで初めて津波の傷跡に出会う。胸の高さぐらいの位置に津波跡の記録。松島を後にする。

さらに北上を続ける。目的地は陸前高田市。どこか津波の被災地を訪れてみようと、よく知る者に尋ねたら、即この街の名前が出た。

道中、何気なく車を走らせていると、海岸の近くの道路に出る。しばらく走らせて、ようやくある事柄に気付く。ただの更地だと思っていた場所をよく見ると、建物の基礎はあるが、千切り取られたような痕跡。そして、プレハブの建物の多いこと。知らない間に、津波の被災地に入り込んでいた。普段、都市部で暮らしていると、田舎の光景に疎い、ということだろうか。何もない所を勝手にただの野原や更地だと思い込んでいた。この瞬間から、ニュースで見た様々な光景が、現実となり始める。

気仙沼を通る。港の辺りの低い土地は、これまでに見たことのない光景だった。繁華街であったであろう辺りに辛うじて残った建物は、コンクリートのしっかりとしたものだけで、あとはその間を道が通るのみ。砂埃ぽい白んだ世界が夏の陽光に照らされ、廃墟が物静かに暑さの中で佇んでいた。これだけで十分に衝撃だった。異質な現実の中を抜けながら、気仙沼を去る。

陸前高田は、気仙沼の隣街というような距離だろうか。先ほどの気仙沼の少しづつだが復興へ動き出している雰囲気がまだ心に残っていたので、なおさらこの街の光景は衝撃だった。壊滅という単語が、そこには広がっていた。本当に大きな建物しか残っておらず、ただ広い更地があるだけ。そして、ところどころに未だ山積みの瓦礫。街へと入り込むにつれ、残された建物に近づくにつれ、次第に我が失われてゆく錯覚に陥る。その時、突然、車のナビゲーションが前方の踏み切りを注意するよう促す。もちろん、そこには踏切などありはしなかった。ナビゲーションの画面には、他にもコンビニやガソリンスタンドなど、今は存在しない一瞬にして消えてしまったものが記載されていた。夏の午後、訪れたかさえ定かではない街、自身の確実な存在が霞む時間に居た。

遠野の田舎道を抜ける。ようやく小さい頃から思い描いた岩手に出会った。長年の想像がそこにあり、幼少の記憶と現在が結ばれる。また一つ、パズルのピースが埋まる。

夕刻前、花巻の温泉へ到着。露天風呂で汗を流し、客室にて浴衣でじっくりと日が暮れる刻を過す。山の音、川の音、虫の音、障子から射す淡い光、陰影礼賛。

友人と語り尽くす夏の夜。

koji


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