diary of radio pollution
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2012年08月29日(水) 東北旅行三日目

旅の終わり。

これまた普段なら起きない時間に起床。日中が多いと、一日が長く感じる。そして、普段なら食べない朝食も、和の朝ご飯ということでいただく。これだけで、非日常だ。

さすがに朝風呂、というほどの欲張りでもないので、さっさと準備して宿を後にする。それにしても、今まで泊まった宿の中で金銭面も含め、最も理想に近い宿だった。

車に乗込み、とこれもまた今となっては非日常。そして、向かうは高村山荘。道中、見渡す景色の中の家屋には近代的な物も入り混じるが、また昨日の遠野ように岩手の思い描いたイメージと重なる。そして、高村山荘は、光太郎の晩年の姿が未だそこに見えるような場所にあった。現在は、観光用に整備されてはいるが、当時の佇まいを想像するだけで、ここを選んだ理由に共感できる。冬の岩手の厳しさは経験したことはないが、それを含めても、これは理想郷だろう。岩手に住みたくなる。

その後、車で移動し、宮沢賢治記念館へ。しかし、どうもしっくりこない。高村山荘は、質素で素晴らしい所にあり、晩年の光太郎らしいのだが、こちらの賢治記念館は、とても豪華で、どうもしっくりこない。生前はほとんど無名に近い人物だっただけに、この現在の奉られたような感じは、賢治の思想や本質から外れているような気がした。

さらに車で移動し、また遠野へ。めがね橋を見に行く。立派な橋だった。当時の面影もありつつ、あの時代にこの橋を見れば、銀河鉄道も走らせることは可能だろう。だが、現在の周辺の風景も、これまた同じく記念館のように味気ない。変わりゆく風景か。

とにかく、珈琲度が足りないので、街中へ移動。珈琲屋さんを探しつつ、イギリス海岸へ。しかし、これもまた時代の移り変わりには勝てないのか、近年は川が増水傾向らしく、一部しか見られなかった。小石を眺めたり、水切りをしたりして過す。

珈琲が足りない。珈琲を探して、適当な一件に入るも、奇跡の出会いはなかった。ここで、花巻タイムアップ。車に乗込み、高速へ。

高速を南下していると、陽が暮れてくる。すると、夕焼けへと空は変化してゆく。今回の目的に、夏の田舎で夕焼けを過す、というのがあり、場所はあまり良くないが、最後の最後で何とか達成する。PAエリアに車を止めて、ひたすら暮れるまで夕焼けの中を過す。

のんびりし過ぎたので、慌てて仙台へ。そして、レンタカーを返却する前に、渡せなかったお土産を一人には渡すことができた。久々の再会も。

再度訪れた、仙台の夜。牛タンを探して徘徊し、適当に入った店で食したが大満足。

終わりゆく夏の旅。あと何度、夏を迎えることができるのだろう。

koji


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