diary of radio pollution
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百年以上も前の言葉の力。
先日、長距離列車の指定席に座って本を読んでいた。折しも窓の外は嵐で、蛍光灯で照らされた車内とは対照的に、雨が薄暗さを叩きつけていた。
旅のお供に、と携えた詩集を鞄から一冊取り出す。十九世紀米国の詩人。残念ながら原書ではないが、訳者は心から信頼のおける作家。昭和二十二年発行。黄ばんではいるが、かび臭くもなく状態は良い。
前日からの続きでページを捲る。終盤に近づくにつれ、時代も国も異なる著者の声が響く。久方ぶりに涙腺が緩む。
隣に座っていた人に気付かれぬよう、流れそうな涙を堪えていたが、次には鼻を伝って降りてくる。やむ終えず席を立ち、デッキで鼻をかみ、顔を洗う。改めて席に戻り、続きを読む。
しばらくすると、停車した駅で隣の客は降りていった。その間も泣けてくるのを堪えて読み進めた。時折通りかかる車掌の視線を気にしつつ。
読後、空を眺めていると、暗雲の切れ間に差し掛かった。様々な空の色彩が一つの光景の中に存在し、終末的な印象を受け、再度涙腺が緩む。本当に感情的だったと思う。
百年先の誰かの心に届く詩を。
koji
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