出向コージ苑

2003年10月22日(水) 鍾乳洞

スロには、ポストイナという鍾乳洞がある。
古くから、この国の一大観光地となっていたそうで、
噂によると、洞窟内には当時の名残で、
シャンデリアなんぞもぶらさがっているらしい。

…おもしろそうじゃないですか。

スロには数度来ているコージ苑だが、
実はここ、まだ行ったことがなかった。
七味屋氏も勿論未体験、ちょうどいいからと、
再びレンタカーに乗って、
再び日帰り国内旅行へ。

今日のスロは、絶好の鍾乳洞日和。
つまりは、天気が悪くて寒かったってことだ。
もはや勝手知ったる、といった感のある高速にのり、
目的地へ向かう。

実は、正確な行き方を知らなかったので、
たどり着けるかと少々不安だったのだが、
そこはさすがにスロのドル箱観光地、
高速の出口から、これでもかというほど看板が出ていた。

鍾乳洞内の見学はツアーになっているため、
時間が決まっている。
12時からの回をねらって行ったコージ苑達、
結構ぎりぎりで到着。
入り口には、既に長蛇、とはいわないまでも、
アオダイショウぐらいの列ができていた。

ゲートが開き、通路を進むと、
駅のホームのような場所に出る。
メインの見所までは、トロッコに乗って行くのだ。
わあい、コージ苑こういうの大好き。
しかし待て、昨夜ぶっひー嬢は、
「怖いの好きなら、右に乗ってね」と言っていた。
コージ苑、ジェットコースター苦手なんだけど、
まさかこれが猛スピードで走るわけはないだろうと、
大して考えもせず、右側に乗り込んだ。

走り出して、ぶっひー嬢の言わんとすることが分った。
予想通り、スピードはそれほどでもないが、
線路が岩肌ぎりぎりに設置されているので、
トンネル状になった場所を抜ける時に、
頭すれすれを、石灰岩がかすめてゆくのだ。
おお、これは怖いぞ。
コージ苑は、世界標準で見ると小さい方だが、
それでも思わず首をすくめてしまう時があった。
いわんや、欧米人をや。

ツアーの出発点には、各国語で書かれた看板があり、
観光客は、自分が理解できる言語を選ぶようになっている。
選択肢はスロ語、英語、ドイツ語、イタリア語。
(…だったと思う、たしか)
コージ苑、自分が英語しか分らないので、
迷わずそっちへ行ってしまったが、
もしかして七味屋氏にはドイツ語の方がよかったかと、
後になって気づいた。
つくづく自分のことしか考えていない奴である。

しかし、ふと「ドイツ語」の看板の方を見ると、
なんだなんだ、あの人数は。
団体観光客だろうか、客の半分はドイツ人である。
過日、イタリアの大物政治家がドイツ人を評して、
「どこに行ってもドイツ人が観光している」と言ったのは、
あながち間違いではないようだ。
でもさあ、それを言ったら日本人もアメリカ人もじゃないか?

閑話休題。
ガイドのおじさんについて、いよいよツアーの始まりである。
といっても、個人的にはコージ苑、詳細な説明は不要だった。
もちろん、詳しい話が分れば数倍楽しいのかもしれないが、
鍾乳洞の大きさと、その景色は、見ているだけで十分面白い。
何年も何年もかけて、少しずつ形作られた鍾乳石は、
実にさまざまな色や形をしている。
この鍾乳洞の中でも、特に有名なものには、
「スパゲティ」とか「ソフトクリーム」といった名前がつけられている。
実際に見てみると、なるほどそう言われれば、という形。
どんな偶然が重なれば、こんなものができるんだろう。
月並みな言葉だけど、自然って不思議、なのだ。

ツアーの終りに、奇妙な動物を見た。
一見トカゲのような、白くて細い動物は、
サンショウウオの一種らしい。
光のない鍾乳洞内での生活に適応した結果、
目は退化し、色素が失われてしまったのだそうだ。
水槽に入れられ、ライトアップされたサンショウウオ君は、
眠っているのか弱っているのか、
時折ふわりと動くだけだった。
話によると、彼らを数ヶ月光に照らしていると、
実際弱ってしまうばかりではなく、色も黒ずんでしまうので、
2ヶ月程度で新しいのと入れ替えるんだそうだ。
人気者も大変である。

※※※※※

こりずに山道を抜けて帰る。
自然公園になっている山を越えたのだが、
そのルート、ほとんどが未舗装の砂利道。
カーブの時に、微妙にすべるのが、
ポストイナのトロッコとは比べ物にならないほど怖かった。
コージ苑は、鍾乳石で頭を打つのも、
車ごと谷に落ちて血だらけになるのもごめんである。
平地に出た時には、心底ほっとした。

今回の教訓。
スリルは、忘れた頃にやって来るのである。


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