言葉の使い方間違ってるしね(タイトルのことです)。
苦節半年、コージ苑ちの「改良」が一段落した。 苦節というには半年は微妙に短い気もするが、 その間の精神的苦痛を考えると、イスカンダルより遠かったこの道のり。 (しかし、半ば面白がってたコージ苑ってばちょっとM)
昼前にやって来たのは、毎度お馴染みクリスティとクリスティパパ。 彼らは1本ずつカーネーションを持っていた。 「女の子の日おめでとう」 …コージ苑、生理始まって相当経ちますが。 あ、違うんですかすみません。 「女の子の日」という、ロシア系にとってかなり大きなイベントの日らしい。 日本だと「国際婦人デー」とかいうのにあたるんだそうだ。 コージ苑はそんなこと全然知らなかったので、 クリスティにあげるお花を用意していなかった。ごめんね。
先日やり残した風呂場の壁を塗っていたかと思えば、 台所でガンガンやり始めたパパ。 何だ何だと思っていたら、驚いた事に水道の蛇口が新しくなっている。 すげー。どっちからお湯が出るかちゃんとわかるよ。 しかも排水溝まで付け替えてくれたので、もう流しは徹底的にピッカピカ。 他にも、玄関脇にコートをかけるための釘を打ち込んでくれたり、 鎖ごと外れていたバスタブの栓をネジでつけてくれたり、 コージ苑の快適生活のために、彼はこまごまとやってくれたのだ。 風呂場ももちろん、まるで別の部屋のように明るく、きれいになった。
自分は彼の娘をたまたま教えているだけで、彼に何をしてあげたわけでもない。 それなのに、たまの休日をつぶして来て、ここまでやってくれるのだ。 日本にいたら、多分こういう事は滅多にないだろう。少なくとも都会では。 都会の、あの「孤独であることの自由」を謳歌する生活も心地がいいが、 こういうのも悪くないなあ、と、コージ苑はつくづく思うのだ。
まあね、単に入居当時のコージ苑ちが、 人として放っておけない位ボロかったって可能性もあるけど。
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森博嗣『今夜はパラシュート博物館へ』 短編集。 好みのそうでないのと色々あったが、とにかくどれも「気の利いた」話。 コージ苑、個人的には「ゲームの国」があほくさくて面白かった。 時々出てくるアナグラムの元の言葉を考えて、読むのに時間を食ったけど。
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