徒 然 草
自堕落日々の暴露記です。
更新があればタイトルに載せますのでご参照ください。

2007年01月17日(水) 邪魅の雫。

読了しました。現在図書館のPCよりお届けしております(をい)。

ギリで間に合った…!(本日返却日)
やっぱり昨日26時30分迄読んだのが効いたかな☆

久しぶりの読書でペースの低下を実感しました。しかも昨夜は読書後に「脳トレ」やったら過去最悪の脳年齢を叩き出しました…(苦笑)。10日ほどしかプレイしていませんが、実年齢より上はなかったのに。とほほ。
やっぱり読書から離れてると脳も錆び付くのかしらん。

徒然なるままに以下感想。ネタばれありなので反転しておきますね〜。
(お陰で途中に妙な文字列が浮かんでますが、ご寛恕くださいませ)

えと、前回の『陰摩羅鬼の瑕』の時にも感じたのですが、タルい。
オンモラキ(漢字表記諦めました<早)は500ページが前フリだったからですが、今回は三々五々に起こる事象が集結するのに400ページ。
榎さんの初台詞(ですよね?)まで読まなくても良かったんじゃぁ…?後半の捜索会議(ウロ)でばっきり纏めてあるので、そこから読んでも充分な気がしました。(邪道にも程が)

ミステリとしては前回同様温さを感じるし、動機も王道なのでそこら辺の愉しみが少なかったのは残念。ま、このシリーズはミステリというより薀蓄系民俗学風娯楽本(何)として認定しているのでいいのですが。
その薀蓄は今回も好きだなぁと思いました。民話とかの件ですね。学生時代日本史や古典文学に触れるときにも言われたし感じたことなので、親しみやすかったのかと思います。

私は熱烈読者というわけではないから(だと思いたいのですが)、作中に過去の事件や京極堂のライバル(?)と思われる人物の描写が半端に出ると、ちょっと鼻白んでしまいます。記憶の抽斗から引っ張り出せないんだよ〜(汗)!
それこそライバル氏(は?)は別シリーズ絡みじゃないのかしら…?(ウロにも程が)
でも、らぶりー伊佐間v(その愛称は止せ)が登場した作品(『狂骨の夢』と『絡新婦の理』)を想起するのは楽しい(笑)☆再登場してくれないかなぁ…(切実)。

一番好きなのは当然のようにらぶりー伊佐間vv(しつこい上に何か増えてる)なのですが、一番感情移入するのは当然のように関君です。つか一般的にそうなのかな?第一作の『姑獲鳥の夏』の語り部が彼だったから。
彼の鬱っぷりは三橋(@おおふり)のヘタレなんぞを超越している所為か、苛立ちなんぞは感じずに只管同化してしまいます。お陰で何度凹んだことか(苦笑)☆
今回の「大事な鞄と人間関係」(と勝手に銘打ってみる<待て)についての語り(p404〜)も、めっさ共感しました。“放すのも放されるのも辛い”んだよなぁ…。本当に。
私の魂の一曲と位置づけている(ミュージカル・バトンの回参照ぷりーず)WANDSの「Same Side」の歌詞の“傷つく事に疲れて 傷つけるのは怖くて”にも繋がるし。
この感覚は、きっと、きっとだけどシゲにもあると思います。多くの人間が所有するだろう感覚だけど、それを自覚しているのが彼だと。三上や渋は無自覚っぽいし、不破は問題外かと。
だから私がシゲを書くと、そこはかとなく暗い(ご、ごめなさ…)。

オンモラキに続いて、関君のかっこいい描写もありましたね。

しかし私はない方が好きだ。(言い切った!)

…ファンとしてそれはどうだろう自分(笑)。
彼は鬱で卑屈で足掻いている状態が一番安定しているように思えるからかも。そして京極堂の憑物落としにより、浄化し救われる。その予定調和(と言ってよいのだろうか…)に安心できるからだろうか。そんな事を考えました。

かっこいい繋がりで、もう一つ。木場の存在感が凄かったと思いました。殆ど登場しないにもかかわらず、その漢っぷりが青木達を通じて香り立つ香り立つ。かっけーなぁ、おい!


今回の『邪魅の雫』については、各キャラの心の闇というか瑕というかについての描写が何気に多かったと思います。榎さんでさえあったもんねぇ(笑)。それこそ過去の事件から想起されるそれらの描写がそこかしこに見受けられました。
特に関君の“強姦”に対する、頑ななまでに閉塞的な醜態(と、感じました)が印象的でした。それでこそ関君だ。

……あ、だからこそ、らぶりー伊佐間vvv(わかったから)の出番がないのか…。しょぼん。
でも彼は、彼だけでも、できるだけそんなものとは無縁でいてほしい。
そんなファン心理というかオトメゴコロで終わってみる。(をい)



さて、そろそろ本を返して家に帰ろう。
巻末に載ってた次回作のタイトルだけ忘れずにメモメモ☆『鵼の碑』なのですが、ヌエの字がきちんと表記できてるかなぁ…(空扁に鳥です)。


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