月のシズク
mamico



 寒空につながれて

その犬くんは、近寄ってきた女の子たちの「きゃっ、かわいいっ」という
黄色い声に脇目もふらず、ガラス張りのカフェの店内一心に見つめていた。
時折、「くーん、くーん」と切なそうに鼻をならす。

そのけなげな姿が、見る人の心を揺らすのか、通りがかる人たちは一様に
犬くんの側で立ち止まる。それでも、犬くんの黒いふたつの眼は、じっと
店内を見つめている。鼻先を、つめたいガラス戸に押し付けながら。

別にあたたかい店内が羨ましいわけでも、熱い紅茶が飲みたいわけでもない
だろう。ご主人さまと、ひと時たりとも離れたくない、そういう想いが伝わ
ってきた。バウリンガルとか使ったわけではないですが。

私も向かいの花屋でじっと待ってみた。
寒空につながれた犬くんが可哀想というわけではなく、ひとりぬくぬくと
店内でお茶をすする主人を、ひと目見てやろうという魂胆を持っていた
わけでもなく、単純な好奇心として。見てみたたかったのだ。
本当に恋しいひとが出てきたときの、両者の反応を。

間もなくして主人(若い青年だった)が、テイクアウト用のカップを片手に
出てきた。その瞬間、私は想像する。きっと犬くんは、興奮の乱舞を舞う。
ちぎれんばかりに尻尾を振り、くるくる回り、ご主人さまの足にからみつく。
それはもう、全身で喜びを表現するだろうと期待した。

しかし、ご主人さまは、手のひらで軽く宙を押し付ける。
すると、飛び上がろうと構えていた犬くんは、従順にお座りをした。じっと
ご主人さまの目を見ながら。「よしっ、かえろう」ご主人さまが、繋いでいた
リードを解いた。犬くんは、ご主人さまの左側にぴったりと寄り添い歩く。

私はちょっとがっかりする。
なんだ、あんなに待ち焦がれていたのだから、もっと喜ばせてあげればいいのに。
いい子にしていたのだから、いっぱい甘えさせてあげればいいのに、と。
ちょっと恨めしい気持ちでふたりを見送る。ふと見やると、犬くんはぶんぶん
と尻尾を振りながら嬉しそうに歩いていた。




一連の光景を目撃して、ちょっと違う想像をしておりました。ヒントは「再会」

2004年01月25日(日)
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