月のシズク
mamico



 ラナンキュラスがプルチネルラ

私は名前を覚えるのが不得意だ。苦手、ともいう。
特に音だけで言われても、空気の振動と共に消えてなくなる。
で、「あなたさん、どなたさまでしたっけ?」と耄碌ジジイのようになってしまう。
まだ、文字認識で記憶する方が易い。カタカナ<平仮名<漢字の順かな。

近所の花屋に行くと、名前の複雑さと多様さに驚かされる。
撫子、女郎花、沈丁花なんてそっけなく記されていても、私は全然読めない。
だから、「これ2本、あれ3つ」なんて指示語に頼ることになる。
(ちなみに、なでしこ、おみなえし、じんちょうげ、と読みます。)

原産地が外国の場合、ほとんどがカタカナで記される。
さすがにこれは読める。読めるのだが、今度はぜんぜん憶えられない。
ロベリア、ムスカリ、デンドロビウム、スターチス、さて、最初の名前は?
もう言えない。それでも、私は名の知らぬ花をひとつ買って帰る。

週末の朝、洗い立ての顔に化粧水だけつけて、コートと帽子を深々とかぶって
花屋へ行った。卸したての切り花がたくさんバケツに突っ込まれている。
そこで、私の目をひいたもの、ラナンキュラスの固く結ばれた蕾。
赤、オレンジ、黄色、ピンク、色とりどりの蕾がすらっと天を仰いでいる。
強めのピンク色のを二本買った。

花屋からマンションまでの100メートル、私は「ラナンキュラス、ラナンキュラス」
と呪文のように唱えながら歩く。まるでおつかいを頼まれた子供が「ぎゅーにゅう、
トマト、ぎゅーにゅう、トマト」と必死に使命を果たそうとするみたいに。
問題は、その100メートルの間に、食料を扱う商店やらコンビニやらあって、
私はそこに寄り道しなければならないこと。ペットボトルの水を買って、
おつりをもらう頃には、「ラナンキュラス」が危うくなっていた。

それでも何とか部屋にたどり着き、メモ帳にでも書き込んでおこうとマシンを
立ち上げる。メールを数通受信。「アレクセイと泉」「カフェタッセのチョコ」
「プルチネルラのお誘い」。私の眼が文字認識をし終え、はたと我に返る。
で、この花の名はなんだっけ。プル、チ、ネル、ラ?

やってしまった。

「牛乳とトマト」が「ラーメンとナス」になってしまった。
スーパーに着いて、途方に暮れる子供のように、私はモニタを虚しくにらむ。
それでもこの花の名前は、プルチネルラ、では、もちろん、ない。




2002年02月12日(火)
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