月のシズク
mamico



 ふうふのうふふ

この数年で何人かの女ともだちが結婚した。
パーティではみな美しく、彼女たちが歩くたびに白いスカートの裾からきらきら
した幸福の結晶がこぼれ落ちた。愛らしい花嫁のしぐさが、私たちまでも笑顔に
させた。その笑顔が浮かぶ薄い皮膚の下で私は考えた。
ところで夫婦ってなんだろう、と。

だからときどき彼女たちに、妻となった彼女たちにわざと質問する。
「ねぇ、結婚てどんなかんじ?夫婦ってどういう関係?」
すごくいいものよ、とうっとり答える女から、付き合ってたころとさほど変わり
はないわ、とさらりと流す女。私のぶしつけな問いに対する彼女たちの答えは、
もちろん一様じゃなくて、余計に私はわからなくなる。

好き合った他人同士が同じ部屋で暮らす。
おなじたべものを食べ、おなじ風景を見て、おなじ音楽を聞く。
おなじシャンプーを使って、おなじタオルで顔を拭いて、おなじベットで眠る。

でもふたりはきっと、ちがう夢を見るだろう。
同様に、同じものを食べても違う味覚であじわったり、同じ風景を見ても、
彼は道路標識を、彼女は白い月を見ていたかもしれない。
それでも、夫婦はいっしょに生活し、ちがう夢を見続ける。
それを素敵だと感じるか、せつないと感じるかは、それぞれにしかわからない。
夫の現実、妻の夢。

私は意地悪く「結婚って酔狂だとおもわない?」と妻となった彼女に聞いてみる。
「まぁ、そうとも言えるかしら」とテーブルの角に視線を落として彼女は答える。
でも、と彼女は顔をあげる「でもあの人といっしょにいて、ほっとできる、
一緒にいるのが自然と感じるのがいまのわたしよ」と言う。

「前より好きになった?」と私はさらに突っ込む。
「 いえいえ、今までどおり、愛おしい大切な人という感じですわ」
と言ってふふふと笑った。


愛おしい、大切なひと、か。
いいね、と素直に彼女のしあわせを喜ぶ。彼ら夫婦の幸福を喜ぶ。


わたしは、適度に甘やかされ、適度にほっておかれ、
適度に相手にされ、適度に愛されていたい、と願った。
でもそれは、夫婦にとって絶望的な関係だ、とある友に言われた。
恋人関係なら悪夢でしかない、やめた方がいい、とも。


もちろん、その「適度」という匙加減が、どうにもムズカシイのだけれど。







2002年01月18日(金)
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