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■ ふうふのうふふ
この数年で何人かの女ともだちが結婚した。 パーティではみな美しく、彼女たちが歩くたびに白いスカートの裾からきらきら した幸福の結晶がこぼれ落ちた。愛らしい花嫁のしぐさが、私たちまでも笑顔に させた。その笑顔が浮かぶ薄い皮膚の下で私は考えた。 ところで夫婦ってなんだろう、と。
だからときどき彼女たちに、妻となった彼女たちにわざと質問する。 「ねぇ、結婚てどんなかんじ?夫婦ってどういう関係?」 すごくいいものよ、とうっとり答える女から、付き合ってたころとさほど変わり はないわ、とさらりと流す女。私のぶしつけな問いに対する彼女たちの答えは、 もちろん一様じゃなくて、余計に私はわからなくなる。
好き合った他人同士が同じ部屋で暮らす。 おなじたべものを食べ、おなじ風景を見て、おなじ音楽を聞く。 おなじシャンプーを使って、おなじタオルで顔を拭いて、おなじベットで眠る。
でもふたりはきっと、ちがう夢を見るだろう。 同様に、同じものを食べても違う味覚であじわったり、同じ風景を見ても、 彼は道路標識を、彼女は白い月を見ていたかもしれない。 それでも、夫婦はいっしょに生活し、ちがう夢を見続ける。 それを素敵だと感じるか、せつないと感じるかは、それぞれにしかわからない。 夫の現実、妻の夢。
私は意地悪く「結婚って酔狂だとおもわない?」と妻となった彼女に聞いてみる。 「まぁ、そうとも言えるかしら」とテーブルの角に視線を落として彼女は答える。 でも、と彼女は顔をあげる「でもあの人といっしょにいて、ほっとできる、 一緒にいるのが自然と感じるのがいまのわたしよ」と言う。
「前より好きになった?」と私はさらに突っ込む。 「 いえいえ、今までどおり、愛おしい大切な人という感じですわ」 と言ってふふふと笑った。
愛おしい、大切なひと、か。 いいね、と素直に彼女のしあわせを喜ぶ。彼ら夫婦の幸福を喜ぶ。
わたしは、適度に甘やかされ、適度にほっておかれ、 適度に相手にされ、適度に愛されていたい、と願った。 でもそれは、夫婦にとって絶望的な関係だ、とある友に言われた。 恋人関係なら悪夢でしかない、やめた方がいい、とも。
もちろん、その「適度」という匙加減が、どうにもムズカシイのだけれど。
2002年01月18日(金)
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