 |
 |
■■■
■■
■ 女はいつオバサンになるか
という話を、出勤途中のバスの中で友(前夜、しこたま遊んでウチに 転がり込んできた女友達)とした。まずはオバサンの定義付けから。
�仝斉阿�厚かましくなる(傷付く能力の著しい低下) ��外見に無頓着になる(服装、髪型、お化粧など、恥じらいの消滅) �J�事を深く考えなくなる(生きることに図々しくなる。感動と好奇心の忘却)
�,鉢△呂�なり近いかな。しかし、歳を重ねて「人生なんてこんなものよ。 ラララ〜」と楽観的に考えるようになることと、「は?人生?なにを今さら」 と捉えるのでは大きな落差がある。前者には、生きる上でのおかしみのような ものが残像としてあるのでまだ救いがある。後者はもう壊滅的だ。思考すると いう行為が欠落しているし、生きることに無感動になってしまっている。
歳を取るということは同時に、生きてきた時間と経験の蓄積、 そこから生まれる思慮深さと潔さなのです。
歳月は実に、流し素麺のようにするするすると経過してゆく。 皮膚のキメは失われ、髪は薄くなり、歯は抜け、肉はたるんで重力に逆らえ なくなる。もちろんこれは生き物の宿命的な老化現象であるから抵抗しても 無駄である。生あるもの、いつかは必ず衰える。でもね、日々の小さな感動 をちゃんと受け止めることで、オバサンになることはくい止められると思う のです。いかがでしょう?
親切な友は、私が出した財布を見て「コイン入れの部分がガバッと開くのも、 オバサン的お財布よ」とありがたい助言をしてくれた。ふん、いいですよーだ。 だってコインが取り出しやすいに越したことはないんだもん、と言うと 「それもオバサン的発想」だってさ。くしゅん。
2001年12月21日(金)
|
|
 |