探偵さんの日常
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| 2002年10月03日(木) |
実弾〜ムーンライトダンス(2) |
田所警部補と一緒に有栖川公園に着いた私は、公園内の殺人現場に赴いた。表向きに は殺人があったとは発表されず、最少人数での現場鑑識という秘匿捜査が行われてい た。灰色の作業服を来た男たち−これらも捜査員なのであろう−が現場を捜査してい る。
なぜか、こういうときはマスコミには発表されない。発表されないというよりは、発 表させない。もし抜け駆けで発表するようなことになれば、そのマスコミは二度と警 視庁への出入りができなくなり、情報がもらえなくなるといっても過言ではない。
死体はまだ現場の特殊作業車の中にあった。死後硬直が始まっているその仏さんを、 田所に続いて死体を覗かせてもらう。 手を合わせて、その顔に恐る恐る目線を移すと、その顔は紛れも無くスパイ・・・い や、裏切り専門のスパイだった松尾だった。
松尾は昔、北海道の利権がらみの調査をしたときに見事、裏切った男である。そのた め私はスパイ対象の罠に落ち、ピストルを向けられ殺される寸前まで行ったのだ。私 が松尾の顔を忘れるわけはなかった。
「おたくの名前を騙っていたよ」 現場を離れ、ショートホープに火をつけながら田所は言う。
「ここ10年近く会っていませんが・・・」
どうしたものか、松尾への怒りよりも、昔を懐かしむ郷愁のような気持ちが心を包ん だ。このとき私は、「時は人を優しくさせるものだ」などと本気で思ったことを覚え ている。
ただ、このとき、私に一つ疑問が浮かんだ。こういうスパイでも、「その道の人間」 というのはどの辺で活動しているかというのは同業者のカンで調べればわかるものな のだが、国内にいなかったのか、裏切られた私が血眼になって調べても、松尾の足取 りはつかめなかったからだ。その松尾が10年の時を経て、死体という形で今、目の 前に横たわっている。
「薬物がらみということで、ロシアマフィアとの関連性も調査中だが、この事件で一 番厄介なことがある。某社会主義政党の現職議員がこいつと接触を持っていたとの情 報がある。そこで、迷宮入りを察したうち(警視庁)の他の部は名前を騙っていたあ んたが臭いということにしたいみたいなんだ。あんたも恨み買ってるからなぁ。 まぁ、仕事が仕事だから、お互いに仕方がないけどな。」
あやうく冤罪で逮捕されるところだった、とでも言うのか。ショートホープの煙を燻 らせながら田所はゆっくりとこちらを見る。さらに、
「今はこの事件も報道管制中だ。だがやがて表に出る。そのときは俺も真犯人を逮捕 したい。この事件の実績で係長(警部)も十分狙えるからな」
という。
「で、目星はついてるんですか」
私が投げやりに言うと、
「ついてたら呼ばないさ。とりあえず事務所でゆっくり作戦を練ろうや。なに。俺と 一緒にいる限り他の部はあんたに手を出さないよ」
舞台を私の事務所へ移すことにする。事務所に着くと、田所はソファーにどっかりと 座り込み、資料の山をバサバサと机に広げた。出したコーヒーを2杯立て続けに飲み ながら私にこの事件の概要を説明する。
「この事件は、外事としてもずっと追っていた案件だった。ただ、ここで死人が出ち まった以上、どこかで誰かがけじめをつけないと終わらないんだ。まぁ、これは警察 というお役所の建前上の理論だ。ただな、俺はこの議員が気にくわん。日本への麻薬 輸送に手を貸す議員など、死刑相当だと思ってる。尻尾をなかなか出さないんだが、 こいつのような売国奴は絶対に逮捕する。それが警察官としての俺の務めだ。」
正義感に燃える警察官と汚名を晴らす元スパイの共同戦線。まずは議員の動向を チェックすることから始めた。田所と私は面が割れている危険性があったため、私は すぐに堺に電話をし、張り込みの依頼をした。依頼料は私のポケットマネーで500 万を先払い。堺はすぐに議員の張り込みを開始した。
私たちは、密輸ルートと議員の関与の裏を取るために北海道へと向かった。
この事件の裏には議員だけでなく,奥深いスパイの歴史も垣間見ることができるのだ が・・・・
つづく。
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