| 2023年12月13日(水) |
病院にいたときのこと |
病院には長いこと一歩も出られずにいました 自宅に帰れたことは何回か、くらいでしたし、 今でも自分にとって最高の時期を奪われた、 それと同時に、人生そのものを学んだ時期でした
病院にいる、その事実において周囲全員、 見渡す限り全員が、同じ苦悩、困難の中にいます 心身状態の差がありこそすれ、痛み、恐怖、 全員が身の丈の地獄を抱えています そういうわけで、 自分の個人的な事情を話すことはありません。 なにしろ入院している全員が…
《どこかが悪くてここにいるんです》
それをわざわざ尋ねることなんてしません。 はっきり言って愚問です☆
病院で生活していても、いろんなことが起きます 人間関係にしても、自分自身についても、です カラダはなかなか良くならず とにかく毎日が苦痛でした だから(どうやって1日を乗り切るか) おそらく、絶対に向き合うことになります 病院にいればいるほど長くなればなるほどに、 考え方が、自分自身が、問われることになります 長くなってくると… もうお見舞いに来てくれることもなくなります それを自覚したときのショックったら、、 一体自分はいつまでここにいるんだ、と 自分自身に打ちのめされることになります 1日を凌ぐこと それがどんなに困難か 味わった人にしかきっと受け取ってもらえません そんな地獄を抱えた人たちの中にいることで わかったことがあります それは、私たち全員が《痛み》の中で 生きていたこと、です。 身体においても 心においても。 圧倒的な同じ立ち位置がわたしたちにはあった その尊厳を、何よりも いのちの尊厳を、 わたしたちは無意識に自覚していました
《利己的な発言をする人は一人もいなかった》
わたしは幸運だっただけかもしれません それでもその幸運は前を向こうとしたことにある そのことを、その絶対的なことを胸に刻んでいます 幸運は 前にしかありません なんとかして前を向こうとした先に出会った人たち その人たちにわたしは助けられてきたのです
人は誰かに言われることで変わったりしません なりたい自分を発見しなくちゃ変わったりしない
思い返せば、 わたしは自分と同じ人を探したりしませんでした 病院では見渡す限り全員が自分とは違いました 自分のことをわかってもらいたいと思う以前に 全員が苦しみに直面しているんです 病院では(悲劇のヒロイン)は通用しません それが通用するのは五体満足な一般人だけです わかってもらうことよりも 自分自身がどうなりたいのか 入院している間に亡くなっていった人たちが それぞれが《なんとかしよう》と奮起した人たちが 自分の目の前にいたんです
彼らがいたこと 自分がいたこと それを忘れずにいることで 今があります
|