断罪の時間 〜Dance!な日常〜

2017年10月19日(木) 何を食べたいか、じゃないものもある

何の番組か忘れてしまいましたが、
プロフェッショナル的な
栄養士とか調理師だった気がします!
その人が番組中にこう言います。

「何を食べたいか
 それは生きる意欲

 何でもいい、はありえない

 何を食べたいか言える子は
 将来何をしたいかが明快」

その一言は度肝でした
意外に的を得ているかも、そう思ったのです
わたしの母は仕事人間であったため
ほとんど調理に興味がありません。
興味がないというよりも、
そんな時間自体がなかったのかもしれない。。
したがってレパートリーも極めて貧相です。
子供の頃からあきらめていました。
わたしは、疲れて帰ってくる母に
何が食べたいとか言ったことがありません。
そういった注文をしたことがないのです。
《なんだかできない》
そうおもっていた気がします
逆に「何が食べたい?」と聞かれたことも
ありません
だから上の「ありえない」というのが
どうにもあてはまらないのです
何が食べたいか言えるというのは
たいへんなしあわせです
なにしろ《選べる》んです☆
選べるというのはすごいことですよね!
決断も《選択肢があるから》できること。
選択肢があることを毎日していれば、
自ずと決意がはやくできるようになるはずです。
わたしの場合、、
ここにいくと《友だちと何かを食べにいく》ことに
関して自分はほとんど選べません。
自分が食べたいと思うものがとくにないからです。
こんなこと考えていたら
代わりに別の気持ちがあるのに気づきました―

 一緒にいる人が食べたいものを食べたい

どんなときもわたしは概ねこれです☆
友だちがおいしく食べてるのを見ればたのしいし
何よりも美味しい。
なので、わたしの場合は相手に委ねる!

基本的には丸投げです(爆)

そういうわけで、、
わたしは明快ではありませんでした!!爆
なんでしょうね。。この感じは、、

自分が食べるものよりもたいせつなものがある

自分のことがちょっとわかった気がします


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Taisuke [HOMEPAGE]