断罪の時間 〜Dance!な日常〜

2017年06月11日(日) 「YouとMe」

『HOKURIKU DANCE FESTIVAL II』
 2017年 6月10日(1)15:00〜(2)18:00〜
 6月11日(3)14:00〜(4)17:00〜
 会場:金沢21世紀美術館 シアター21
 入場料 各回 1,000円 通し券 3,000円


2日目 千秋楽。
初日(2)で出番は終わりましたが、
《客席の空き状況から客席にいてもいい》
ということで最終公演見れました!!
初日(1)公演も客席で見てました!!
勇気づけられる作品が特に2つありました
まずはこちら。

 「YouとMe」 鈴木ユキオ×笠井瑞丈
 不完全なカラダ 完全になるために
 カラダの部品を探す
 僕がもってるもの あなたにないもの
 僕にないもの あなたにあるもの
 たりないパーツを探すYとM YouがMe
 ゆがみ凹凸 ゆがみ凹凸

「あぁ、今のは準備運動です。始めますね」
おおよそふざけた感じ?で始まるも
片言のことばを発しながら
無音で二人が踊りつづけます
事件はおきず、淡々と踊りはつづきました
どれだけ踊っていたんでしょうか
それは 客席で見ているわたしたちが、
彼らがほとほと疲れているだろうと《わかる》
そのくらいの時間です
二人は床にたおれました
カラダでぜえぜえいいながら倒れていた
そしてもう一度たちあがって踊り始めます
踊りは一貫しています
妙な事件はいっさいおきません
ここから崇高なクラシック音楽が会場にかかります
最初から踊りの質自体は変わっていないのに、、
まるで変わっていないはずなのに、、

 その踊りのすべてが変わってしまっていた

バレエのような美しい輪郭じゃない
流れるようでもなく衝撃的でもない
音楽のせいでもない
ただただ踊りがつづいていた
どう言葉にすればいいかわかりませんが、、
もう最初の踊りではありませんでした
どうしたんだか涙が落ちました
たどたどしい踊り 不器用な踊り
ただただ一生懸命なおどり
そこに《人間》を感じずにいられなくなりました
たどたどしくたって 不器用だって
わたしたちは生きているからです
一体どこからこんな気持ちになったのか
彼らの踊りを見て気づいたことがあります
それは、
わたし自身が彼らと同じ手法をとっていることです
《疲れ果てるのを見せる》
自分のステージは自分では確認できません
ビデオで見たってそれはビデオです
その空気その会場を感じることはできません
どうしてあんなにふざけている感じだったのに
こんなところにたどり着いたんでしょうか
わたしは自分が間違っていないと感じました
自分自身がやってきたこと やろうとしていること
見ているものがすでにダンスじゃないからです

 あたりまえがあたりまえでなくなる瞬間

「YouがMe」を2度見て感じたのは、おそらく
この作品は最初からそれを狙っているのだろうと
いうことでした
あくまでもわたしの感覚ですが、やはり作品として
狙いどころが明確だと感じたからです
これには甚だ驚きました
わたし自身が身をもって地道に体感してきたものを
苦しくても前を向いてきたこと
どうにもならないことをどうにかしたいこと
ことばをこえるカラダの雄弁さ
わたしたちはいつかかならずしんでしまうこと
既に《技術》として使っていたのです
客席で泣いている人が何人もいました
わたしだけじゃなかった
踊りにはそんなチカラがありました
わたしたち全員に 共感共有できうる何か
そんな得体の知れないものを
得体の知れない感動を感じました

 生きていること

ダンスがすごいとか うつくしいとか
もうそんな次元じゃありません
黒沢美香さんの言葉を借りれば
《カラダがダンスに変容していた》
そのことばに尽きる気がします

ダンスが一体なんなのか
とても多くを気づくとともに
わたしたちそれぞれがもつ可能性を感じました

 ダンスを踊る、ではなく
 カラダがダンスになる

目に見えてしまうほどの様相
そこに何かを感じないわけにいかなくなる
そんなダンスを
そんな踊りを
わたしたちは確かに踊れる
《踊りたい》
自分の中に得体の知れない勇気を感じました


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Taisuke [HOMEPAGE]