断罪の時間 〜Dance!な日常〜

2016年12月18日(日) 「103歳になってわかったこと」

N◎KでSWITCHという対談番組があります。
興味がある人じゃないとてんで見ませんが、
おおよそ《芸術家》のときくらいですかねw
妙な俳優とか出てるのは一切見ません 笑笑

 篠田桃紅 × 日野原重明

番組放送100回記念で100歳超えの対談でした☆
篠田桃紅(103)日野原重明(104)
すごすぎる これッッ 究極対談だろ!
最初で最後だろうな… きっとw
というか篠田桃紅さんが、その作品がッッ
すごすぎて… メガ離せない!!
2016年1月9日放送。
現在2016年12月…おいおいおーーーい
見てた際、再復帰公演で美術担当していただく
ことになる瞳さんにメッセージを送信していた。
たしかこんな感じ。
「今ね!篠田桃紅さんっていう美術家がね!」
即答返事キタ。
「私、篠田桃紅さんの本もってるよ!課すよ」
読了を紐解くと2016年5月。
そして忘却の彼方へ(爆)
◎2018年になってわかったこと◎
いまこそ、2016年を超えていない今こそ!
断ざ、、ブログ化ですッッ


 『103歳になってわかったこと』 篠田桃紅

  「いつ死んでもいい」なんて嘘。
  生きているかぎり、人間は未完成。


わたしは再復帰公演にあたり、
その本を、篠田桃紅さんをとおって、
そしてたどりついたのだとおもうのです

篠田桃紅さんは美術家です。
もともとは書道家でした。
しかし墨を用いた抽象表現に目覚めて渡米。
現在では世界的に知られる美術家です。
その人のエッセイ集。
対談番組でも度肝を抜かれましたが、
やはりその年齢からの知性は計り知れません。
どんなことも、ひとつの真理でした―

「誰か式、誰か風、ではなく
 その人にしかできない生き方を自然体と言う」

わたし自身、年を重ねてきて
まことにそのとおりだとおもう一言があります。

「あなたの人生を枠におさめない」

 歳相応という言葉がありますが、
 百歳を過ぎた私には、
 なにをすることが歳相応なのかわかりません。
 しかし、「年甲斐もなく」とか、
 「いい歳をして」とか、何歳でなにをするかと
 いうことが人の生き方の指標となっています。
 たとえば、ムダに歳をとっていない。
 派手な身なりなどをしていると、
 歳のわりには若づくりをしている。
 おそらく私のことも
 「いい歳をして、
  まだあんなことを言っているのね」
 と言う人はいるでしょう。
 人を批評するのに、
 年齢はたいへん便利な言葉です。
 私は歳には無頓着です。
 これまで歳を基準に、
 ものごとを考えたことは一度もありません。
 なにかを決めて行動することに、
 歳が関係したことはありません。
 この歳になったからこれをしてはいけない、
 この歳だからこうしなくてはいけないと思った
 ことがないのです。
 自分の生き方を年齢で判断する、
 これほど愚かな価値観はないと思っています。
 私が、自由に作品をつくることができるように
 なったのは、戦後になってからのことで、
 三十代後半になっていました。
 初めて個展を開いたのは、戦後の混乱期で、
 四十歳を過ぎていました。
 その後、四十三歳で渡米しましたが、
 この渡米がきっかけとなり、
 私の作品は世界中に広まることとなりました。
 当時は、女性が仕事をスタートさせるのには
 たいへん遅い年齢でしたが、自らを年齢で
 縛りつける生き方をすることのほうが、
 私には不思議でした。
 こうして私が長生きしているのも、
 自らの人生を枠におさめなかったことが、
 幸いして、精神的にいい影響を及ぼしているの
 かもしれません。

自らのすすむ方向に、
自らがすすみたい方向に向いてさえいれば。
どんなことも どんな境地であっても、
その方角を、自分自身を照らしてくれます。
わたしのダンスは “できること” でない以上、
そのときその場所で感じるものに光をあたえ
どうにかしてみなさんと共有できないか、
そのことだけしか頭にありません。
どうしたら自分自身を筒抜けにできるか。
できうるならば とおってきたものに感性を
かんじてもらえないか。
そのすこしの感性があたたかいものであることを
それを信じているものです
“いったいダンスとはなんなのか”
それはきっと最後の最後までいつも隣にあります


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Taisuke [HOMEPAGE]