断罪の時間 〜Dance!な日常〜

2016年10月27日(木) 人生の向こう側

この日、テレビで対談番組を見ました!

 新海誠 × 川上未映子

小説家 川上未映子と、2016年を席巻した映画
『君の名は。』の監督 新海誠の対談。
こんな番組に当たるのもかなりの偶然w
曲がりなりにも新海誠作品はぜんぶ見ていましたし
(最新作『君の名は。』以外) 実は以前も以前、
川上未映子の小説の感想もblogにした過去です!
あれは北海道で踊るときの飛行機の機内で
ほぼ読み終わりに近づき、札幌につくまでの電車
車内で完結したときのこと。

 『ヘヴン』  川上未映子

当時の感性でいくと、、
かるく人間不信になるくらいの小説でした。。
とにかく描写が突き刺さったのです

読み終わって最高に気分がわるかった

あんなに気分がわるくなった本は人生で初めてです
ところが、今あらためて本を手に取ると別の意味を
見出だせる気がしました

これはたいへんな発見です

なんたってあのときの自分はこの本をもう二度と
手に取りたくない、そう思っていたんです!
当時の感想も甚だ全否定気味だとおもいます(爆)
ここで良いも悪いも飛び越えて同じなのは、、
《読んだインパクトが度を超えていた》
あのときの感じが今でも呼び起こせるッッ
これはある意味で感動とも呼べます!
感動という言葉も包容力が甚大ですw
慟哭も感動と呼べるかもしれません。
決していいことだけではない。
表は苦しくても、裏にはその逆がある
そんな裏腹な問題をこの小説は扱っていました
自分もこの主人公と同じような問題を抱えている
からこそキツかった
時間がたって、、わかることがある

ようやくこの小説が文部科学大臣新人賞とか
紫式部賞を受賞しているのがのみこめました

ながかったねw

でも苦しかったんです!!
読んでる最中が度肝を抜くくらいキツかった!!
今でも開きたくないくらいです(超実話
そんな作家本人が出演していた番組。
どんな人物なのか、、避けられないたたかいです

一目みて、“やっぱ変人だわ” って思ったw

「ギリギリまで追い詰め追い詰められ、
 ってのが好きなんです」

「書かなければ
 自分の非力さに直面することもない」

突然自分がこの人に似ている、と思いました(爆)

番組中、面白い話がありました。
川上未映子の子供時代。
川上未映子は誕生日を祝うことに
疑問を感じていたらしいのです。
たしかこんな風でした

「なんで死ぬことに近づくのを祝うの??」

徹底的な逆でしたw
わたしなんかは母からこう教わっています。

「アンタを生んだのは私だから
 母親をお祝いする日よ」

わかんないままプレゼントを毎年用意していた―
こりゃまた別の話ですw

このことからも子供の頃から多面性があったと
いうのは事実でしょう。
みんながしているからする、といったものではなく
まず自分がどう考えているか、です。
よくよく考えたら、いろんなことが説明つかないw

ゾッとします

わたしはダンスが大好きです。
でも踊ってぜーんぶたのしいなんて自分自身だけが
たのしく踊ってるときだけです。
誰からも見られることなければ何を踊ってもいい!
でも “何かを感じてもらいたい” と思ったら、
まるでそうはいきません。
ここから踊ろうとすると、、
自分の非力さを感じずにはいられないのです。
誰かに対するというのはそういうことなのでしょう
決して自分の思い通りにはいかない。
相手との距離感、自分のバランス。
これが如何にたいせつか思い知るのです

川上未映子はこうも言ってた

「ほんとうに感じてもらおうと思ったら
 こんな文章じゃ足りない!!」

「どれだけ書いたってわかってもらえないでしょ」

この発言には驚くほど共感してしまいました
そのときわかったんです
《ここまで書かなくていいだろ》と思っていた、
あのとき読んだ文章の理由
それは、、自分がダンスに盛り込んでいるものと
同じ気がした
わたし自身がみんなが《見たくないであろう》もの
を踊ることを選んでいます
それは、わかってもらいたいためではなくその本質
をどうしても間違ってもらいたくないからです。
ここを通るとおそろしいことに突き刺さる何か、
暴力的な何かになってしまわざるを得ないのです―
わたしを知っている人たちにはここを指摘されます
「痛々しい自虐的な踊りを見たくないのよ」
「もっと自分をたいせつにして」
でも、ここを通さないと気づきもしない人たちの
ほうがいっぱいです。
だって生きてることは苦しくてつらいことばっかり
だもんね! でも、、だからこそ、
生きてることはすばらしいんですッッ!!!
ここに気づいてもらうには甚大なショックを当てる
しかない。
当てなければ受けとってももらえません。
これはたいへんな勇気がいることです。
全否定されるくらいのものだからです。
(そう、まさにわたしもヘヴン全否定気味だった)
それがいつのまにか「そうかもなあ」ってw
ここにこそ希望を見出だしています
そのときは移り変わっていきます
今はつねに流れています
そういったことに気づけるようになったのも
その一助になったのも実は『ヘヴン』かもしれない
わたし自身もそんなダンスがおどりたい
◎気づく前からわたしもそうだったんです◎

あらためて『ヘヴン』を1ページだけ開きましたw
そこには文章が引用されています

 それに第一、これはだれにだってできることだ。
 目を閉じさえすればよい。
 すると人生の向こう側だ。
         ―セリーヌ『夜の果てへの旅』

ハッとしました
この引用だけですべてが完結していたんです
でもそれまでの過程はぜんぜん簡単じゃないw
痛くて苦しくて、複雑なところを通って
それからはじめてその3行にいける、
人間ってきっとそんなものなんでしょうね
自身で重ねた実感や経験だけが、
そこへ連れて行ってくれる、そんな気がします☆

いつも、いつでも、
自分の感性を信用して踊っていきたいです


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Taisuke [HOMEPAGE]