佳境ですw
『人生ノート』 美輪明宏
踊るうえでとても。 とてもだいじなこと。 自分自身をどれくらい知ってるか 今の自分をどのくらい知ってるか
《みんな孤独だからこそ》
自分でもよくわかっていない自分を、 別の人に理解してもらおうというのは、 理屈に合わないことじゃありませんか? 虫がよすぎますし、甘ったれているのです。 別の人にそんなことをいう前に、 まず自分が自分をよく理解してやるように 努力するのが先決問題です。 そしてそれができたあとで、 理解してもらおうと努力するのが道すじです。 その結果、理解しあえなくてもなげくことは ありません。 神通力があるならともかく、 ただの別々の人間同士ですもの、 完全理解できないのが当然なのですから。 人間はみな孤独なのがあたりまえですが、 その中でもとくにひどく孤独で、 いつも一人ぼっちで寂しい人がいます。 そういう人はかならず他人がいやがって、 寄ってもこない条件をいくつか持っています。 冷たい人、傲慢な人、無礼な人、陰気な人、 自分本位でわがまま、無責任な人、 他人の気持ちなど全然考えない人、 口から出るのはいやらしいことばかり、 蛇やガマ蛙のような、 つまり耳ざわりなことばかりいう人、 他人の悪口、愚痴、不満、泣き言、 眉間にしわを寄せ、口は不満気にとんがって、 目尻は垂れ下がっているか、つり上がって三白眼 以上の条件をいくつか常に持っている人は、 かならず孤独な人です。 でもそれは自業自得なのです。 しかたがありません。 人々はだれもが、いやなことを見たり聞いたり したいために、わざわざそんな人のところへ 行きたいなどとは思いませんから。 こういうのは悪い孤独です。 孤独にも良いのと悪いのとがあるのです。 どうせ孤独であるならば、良いほう、 良い意味の孤独になりたいものですね。 人間はほんとうに孤独なものです。 自分のよき理解者は自分だけなのです。 でも、がっかりしないでください。 孤独なのはあなた一人ではないのです。 みなそれぞれ誰もがそうなのです。 孤独だけれど強く生きているのです。 他の人にできるものですもの、 同じ人間のあなたにもできてあたりまえです。 かならずできます。強く生きられます。 孤独とは、ただ悲しいだけ寂しいだけと、 先入観で思い込んでいたのではありませんか? いいえ、孤独にもいいところはたくさんあるの です。 気楽で、のんびりできて、 自由に行動できる大らかさです。 そうです。自由。これほど素晴らしいものは、 この世にはないのです。
《孤独》はネガティヴなイメージが伴いがちです。 わたしはそうおもっていました。 でも《孤独》の意味はそうではないのだと、 ヨーガスートラの解説でどっさり書かれていたw 束縛や精神的服従の反対を示すため、 解脱を意味しています。 そこに書かれていたのは《卓越した孤独》 これには孤独のイメージをひっくり返されました! 卓越ですよ?! 卓越ッッ 笑笑 《孤独》にはまだまだ先があったんです☆ 孤独が突然豊かなものになるだなんてねーーー
無知がなくなることで、見る者と見られるものとの 混同は止む。 この状態は独存。 見られるものからの独立と呼ばれる―
行き着く先はZONE☆
って、ゾーンの話がしたいんじゃありません(爆) ダンスでゾーンに入るのは大事ですけどね☆ ここで問題にしたいのはその前の段階です! 一人で勝手にゾーンに入ってもどうしようもないw 相手がいる場合は絶対です。 自分勝手な話を続けるようなゾーンでは 会話がなりたたないように。 問題なのはたぶん、相手の話を聞く、聞けること。 世界をひらくというのはなによりも 自分自身をひらいていることが先だとおもいます☆ たいせつにしたいのはここです!! どっちにしてもダンスを踊るには 《自分自身》でいなければなりません。 借り物の自分ではおそらく違和感でます。 そういうわけで自己を踊らざるを得ません。 そういった状況だからこそ、相手や空間に対して
“自らをひらいている”
これが相手に「見えている」ことが必要なのでは ないかとおもうのです。 わたしたちは自分本位の人を見分けます。 自分勝手な人だと感じたらたぶん話は続きません。 わざわざそんな人の話を聞きたくないからです。 これはダンスも同じ。
いつもすべてに対して “ひらいて” いながらも 自分自身は自分自身でつみあげる、 そんな努力が必要ではないかとおもっています
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