伝統的にインドでは、すべての生命は30兆回の生 を経験した後に解脱すると考えられている、、 らしいw ふと思ったんですけど、、 30兆回も輪廻って転生を繰り返してるうちに―
人類は絶滅してる気がします
そりゃ解脱だわw 完全に別の意味ですけど☆ 30兆回を受け容れたらたぶんこんな人増えます。
(来世にまかせよう!)
こうして投げやりな人生が送れます(爆) 人生あきらめが肝心。 ですが、ですがね、、 本当に肝心なのは《あきらめかた》だと思います! “今” を存分にやりきったかどうか☆ 安易に来世にまかせる感じ… この感じはそう、、あれと同じ!!
神さまへのお願いごと
努力せずに願い事だけを念じるあれですww わたしは願い事に行くことなく年末年始も、 自主リハビリ自主筋トレをつづけています。
◎祈ったってなにも現状を変えられないからです◎
自分自身のカラダをとおして学んだこと。 めちゃくちゃある ありすぎるッッ 涙涙 こうしてここ数年、マジで。 マジで、、初詣とか行ってませんw(超実話です 祈る暇があったら筋トレしてました(超実話です 投げることではなく、わたしたちは自発的に ポジティヴにできる力があるのだと思うのです! ここに思い至ったのも偶然じゃありません。 わたしにはそんな人がまわりにいたからです☆ 病院で必死に “できること” をしてきました。 なにしろ “できること” を意識しないわけには いきません。
“できること” が少ないからです 前を向けば、努力しない選択肢はありませんでした
努力している人を見ると不思議と元気になります。 自分もがんばろう、そんな気にさせてくれます。 素直にそんな気になるんです。 できないこと、なんとかしたい。 できないけど、ここまではできる。 そんな気持ちが人を前向きにしてくれると思います そんな人の《できない》は単にできないことじゃ ありません。 とてもゆたかな《できない》だとおもいます。 そこにネガティヴな影はありません。 投げ出した人の《できない》はどこかに恥がひそん でいます。 だって、まだできることを知っているからです。
「心の清澄さから喜び、1点集中の状態、 感覚の制御、自己を知る準備が生じる」
心の清浄とは、嫌悪や欲、ねたみ、嫉妬、 自尊心などについての思考・感情と 同一化するのをやめること。 不幸や悪意、心が抱える問題に乱された状態で、 どうして1点集中できるだろうか。
これまで《準備》について深く考えていませんでし た。 準備。これってすごく大事ですよね?? 準備していないと受け取れないことばかりです!! とくに不意にわかる “たいせつなもの” それに気付ける準備がいるのだとおもうのです こころのどこかに常においているような感じ この章ではこう書かれてありました
感覚の制御によって、 必ず自己理解に対する準備ができる。 絶え間なくしあわせを外に求めている限り、 しあわせはすでに内にあることに 気づくことはない。 外ではなく自身を内観して 初めて、気づきがこちらを向いてくれるのだ。
聖仙ヴァシシュタはこう遺しているらしいです
「真に自己努力をする者には、運命などない」
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