断罪の時間 〜Dance!な日常〜

2016年07月22日(金) すべては宝石

『不盗を確立したならば、すべては宝石となる』

 ここでは、粘土のかたまりを眺めるのと
 同じように金を見るように言われている。
 外見に対する先入観を捨てれば、
 すべての瞬間が貴重であることが
 “突然” 自明となる。
 恩恵や利益を求めることなく世界を見れば、
 あらゆる美しさが明らかになる。
 すべての状況から何かを得たいと望めば、
 一瞬一瞬に受け取るはずの多くの贈り物に対して
 自らを閉ざしてしまうことになる。

はい、スートラです。
だいぶすすみましたw すすんだはずですw
今日は。今日こそは。
すんなり終わりますよ☆

わたしたちの生きている時間。
その時間はけっしてもどってきません。
ほんとうにもどってきません。
8年前のあの事故からの最大の経験。
それは―

 自分も死ぬ、ということです

自分が死ぬかもしれない
それまで考えたことがありませんでした
不幸な事故でしたが
あれほど真剣に死ぬことを考えたことがありません
死んだかもしれない経験は
途端にすべてを変えてしまいました
自分自身がいちばんたいせつなものにしていたこと
も自分が考えていたものじゃありませんでした
考えていたものよりも奥に
もっともっと奥に
自分では見えない奥にありました

おもしろいことに、わたしたちは
自分でも知らない自分がいるんです
上記のように「先入観を捨てれば」とことばに
すると簡単なようにおもえますが、
これこそがまったく簡単じゃありません。
先入観を捨てられるようになるには、
それ相応の事件がなければ
ほんとうにすてられはしない、そうおもうのです
まず。なによりもまず、わたし自身がそうでした

わたしたちは毎日、死ぬのを忘れて生きています
忘れていなきゃ、、
いつだって “死ぬかもしれない日” です 笑笑
こんなおそろしいことはありませんw
ですが、それこそ “厳然たる事実” です。
それを自らをとおして知ってしまいました
知ることはけっこうつらいです
ですが知ってしまったおかげで
ほんとうにたいせつなものが見つかりました
まいにちほどたいせつなものはありません
どんな一瞬もたいせつだと感じます
なにしろかえってこないんです

 大事じゃないものがなにひとつない

自分が生きていることに直面したとき
とつぜんわかったことです

いのちをかんじる瞬間
その瞬間はどうやったら共有できるのか
たいせつなひとをうしなうときではない
うしなうとははんたいの
ゆたかさがみちていくような

かんがえてかんがえてたどりつくのは
まいにちです
毎日の中にすでにみちています

全然とくべつなものじゃありませんでした

いきているというのは
たいへんな たいへんなことです
あたりまえのことですが
わたしたちがいちばんわすれていることです
わたしたちは、生きていることに、
生きているということに対してだけは
いつもいつでも胸を張れるとおもうのです


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Taisuke [HOMEPAGE]