「見る者は純粋な意識である。 それは観照する現象の形を帯びているように 見えるが、実は何の影響も受けていない」
注)観照:主観を交えず、その本質をとらえること
このスートラは瞑想についての記述がありました! かなりわかりやすかったw ヨガクラスではいつもやってることだし!? 笑笑
瞑想の道を歩き始めるには、まず粗雑な対象を 選ぶ必要がある。 なぜなら粗雑な対象は瞑想しやすいものだから である。 アシュタンガ・ヴィンヤサ・ヨーガの瞑想の やり方では、私たちはまず粗雑な対象である、 動く人体に瞑想する。 人間の動きには、外呼吸も含まれる。 この段階はアーサナと呼ばれるものである。 集中を切らすことなくアーサナ(ポーズ)の 練習ができるようになれば、 次は内呼吸(プラーナ)の動き、つまり微細な 対象に集中することになる。 この段階がプラーナーヤーマである。
呼吸。呼吸です! まあたぶん、やったことない人はよほどのことが ないと気づくこともないようなことかもしれんw ヨガクラスではこの呼吸が常に途切れることのない ように気をつけながら動きます。 呼吸が苦しくなったりしないトレーニングとも 言えます。 (呼吸が苦しくなる=がんばりすぎ) 古典ヨーガのクラスではポーズをとったところから マントラ詠唱までするくらいです。
苦しかったら歌なんて歌えません(爆)
続けていけば嫌でもわかってきますが、 いつの間にか柔軟性は増しています。 増したことに気づくまでがたいへんなだけです。 どんなことも最初がいちばんつらいのです。 自分自身が変革するのはたいへん地道だからね。 続けて初めてわかること。 自分のカラダが応えてくれることを知ってしまうと あとはもう戻れませんw ◎どんどんカラダは応えてくれるからです◎ これを知らないでやめる方、お疲れさまでした! 人間には嫌いなこともあるので即座に別のことを してくださいね☆ わたしなんか、医者に「ヨガでもしたら?」って リハビリの足しに言われただけですからねw 哲学とか宗教的なこととか打ち捨てても、 確実にカラダが応えてくれることがわかります。 呼吸。呼吸です!
呼吸に集中することがそもそも一番かんたんな 瞑想の方法です。 ひとりじゃやらないことでもクラスに出れば イヤでもしなきゃなりませんw ◎でも、やってたら自ずと集中がキます◎ 集中ってほんとうに興味深いもので、 なによりも雑念が根こそぎ消えます☆ 運動をしても同じですが、ちょっとした嫌なこと・ 印象はかるくどこかへ行ってしまいます! 要は何かに集中するからです 考えることでないことに集中すること 自分のカラダのことが一番の最速です!! もし、もしもそういうことをしなかったら、、 ずーっと雑念は消えません。お疲れさまでした! 呼吸からはじめてカラダ全体まで細部まで 全体にいっても呼吸にはすぐにもどれます 結果として心のバランスがとれるようになるのかも しれません。
瞑想ってとってもダンスに近い気がしています
踊りに向きあうと、かなり瞑想と同じ感じなのです
とんだりはねたりよりも、もっと何かが伝わる感じ
とても繊細で圧倒されるような自然体
想いも、きっとそんなふうに空間にただよっている 気がするのです
つづく。
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