断罪の時間 〜Dance!な日常〜

2014年11月22日(土) 「アンネの日記」(4)

いよいよアンネ最終回deす!!
今回も長いことになりましたが… 汗
これから先の余生で、アンネについて考えるのは、
あるのなら読書後しかないw
なんたって読破したわけじゃないんです。
かじっただけでこんななのだ―(爆)

 『アンネの日記』
 〜希望を抱きながら〜

隠れ家生活が2年近く続いていた1944年の春。 アンネたちを取り巻く状況は悪化。 逮捕されたら最後、どのような目に遭うのか... 隠れ家の住人たちも薄々わかっていました。 絶望することなく、厳しい現実に立ち向かっていたアンネ。

 「私たちは いまなお希望を、
  何事につけても希望を忘れてはいけないのです」

そこには《言葉の力》が働いていたのではないか― 隠れ家生活の終わりと、アンネにとって日記を書き続けることの意味がなんだったのかに迫ります!!

 アンネは、日記を書いている間だけは
 よろこびをキティーとわかちあっていた

空襲も激しくなり状況も悪化する中、ひとつのニュースがもたらされます。 ノルマンディー上陸作戦、このニュースは隠れ家のみんなに興奮を与えました。 オランダの解放も近いかもしれない! 秋にはまた学校に行けるようになるだろうか? アンネはそんな希望を抱きます。 ある日、隠れ家に大量のイチゴが届けられ、住人総出でイチゴジャム作りが行われます。

 「いつの日か、やっとまた世間に出られたら、
  毎日がきっとこのような気分なのでしょうね」

ささやかな喜びのとき。 アンネたちが密告によって逮捕されるまでこの後1ヶ月にも満たないのです。

 「実際、自分でも不思議なのは、私が今だに
  理想を捨て去ってはいないという事実です。
  今でも信じているからです―
  たとえ嫌なことばかりでも、
  人間の本性はやっぱり善なのだということを」

息がつまりました
それまでの苦しい毎日が文章に溢れ出していても、
そんなところにたどり着いていたことに

最後の日記は、逮捕の3日前に書かれたものが残っています。 そこには自分の中にいる2人のアンネについての考察がありました。 表に出ているアンネは快活で軽薄な道化。 でもその裏には深みのある繊細なもう一人のアンネがいる。

 「そして なおも模索し続けるのです、私が
  これほどまでにかくありたいと願っている、
  そういう人間にはどうしたらなれるのかを」

この文章で気付かされました―
アンネがどんなときも《自分がなりたい自分》を
見ていたこと。
その文章の引力の秘密は、アンネの姿勢なんです!!
目標のある人間がもつ圧倒的な魅力。輝きを!!

運命の8月4日。 この朝《ユダヤ人たちが隠れ住んでいる》という匿名の密告電話がゲシュタポに入ります。 そして8人は連れ去られてしまったのです。 みんながいなくなった後、ミープたち支援者はそっと隠れ家に入ってアンネが書いていた日記を拾い集めました。 日記には収まりきらず、様々な紙切れに書かれたアンネの日記を―
隠れ家の8人はオランダの収容所を経てアウシュビッツに送られました。 アンネとマルゴーは更にその秋、ドイツ北部のベルゲン=ベルゼン収容所に移送されます。 飢えと渇きと寒さの中で2人ともチフスにかかりアンネは幻覚に苛まれ、毛布一枚でいたといわれます。 マルゴーが冬の終わりに亡くなると、数日後アンネも後を追うように息絶えました... たった15年の生涯でした
それから間もなく収容所はイギリス軍によって解放。 ペーターもデュッセルさんもファンダーン夫妻もエーディットも…みな各地の収容所で亡くなりました。 生還できたのはオットーただ1人。 ナチスが行ったホロコーストの犠牲者は600万人といわれています。

先生
究極の死のにおいに満ちた場所でも、
アンネなりの意味あるものを見ていた、
感じていたと信じたいですよね。
ときには誰にも届けられなかった、
死者たちの声なき声に耳を澄ますってことが
私たちには課せられているんじゃないか―

◎アンネの望み◎
 「私の望みは、
  死んでからもなお生きつづけること!
  書いていさえすれば
  何もかも忘れることができます。
  悲しみは消え、新たな勇気が湧いてきます。
  とはいえ、果たしてこの私に
  何か立派なものが書けるでしょうか?
  いつの日か、ジャーナリストか作家に
  なれるでしょうか?
  そうなりたい。 是非、そうなりたい」

先生
あまりに苦しい現実を受け入れなくちゃ
ならないときに、非常に耐え難い苦しみってのを
キティーに聞いてもらうことによって
降りかかってきた苦難がその人の土台になる、
 身動きできなくなるところを
 言葉にすることで乗り越えようとした
それ以外に人間がこんな苦しみを受け入れる方法は
ないような気がします…
14才のアンネが表現で自分を守る盾をつくった、
《書く》ってことが、1人の人間を
救うことができるんだなあっておもいます!
そもそも文章を書くって、
とっても手間がかかることです。
ほんとはめんどくさいことなんですよね。
アンネには時間がありましたのでじっくり文章を書く、
でも現代のみんなは忙しいですし
便利な道具があれば発信できるし つながりあえる...
 しかし《誰ともつながらない自分》と
 向き合う時間も必要ですよね!
揺るぎない自分ってものを獲得するためには
こういう面倒なことを通らないと。。
避けては通れませんよね??
生涯、自分とはつきあっていかなきゃ
ならないんですから!!
死んでからもなお生きつづけること、っていうのは
書き付けた言葉は書いた本人よりも
長生きするんだなあってことですね!
文学は死んでからも生きのこる、っていうことを
アンネの日記は伝えてくれていて、
文学に関わる者にとって誇らしい気持ちになります

すごい文章でした
読んでないのにこんなにも考えさせられるだなんて…
ほんとうにすごい
わたしたちはほとんど他者と通じ合えません。
だからこそ、

 ダンスを踊っている間だけは
 よろこびをみんなとわかちあいたい

踊る場所、本番を、たいせつなものにしたい。
“いつも” じゃないからこそ、できることがある。
そう確信しています!
わたしたちは好きなことをしている時間だけは、
どんなに苦しいことも忘れてしまえますw
だけどダンスが遺せるのは見ている人の記憶にだけ。
これこそが日記とは一線を画すものです。
そのとき、どれだけのものを受け取ってもらえるか。
本番はいつも挑戦です。 下書きも清書もない

 二度と同じものは踊れない

《遺言》みたいなものなのかもしれませんw
それくらいの密度を、すべてを賭けている、
舞台はそんな場所です

わたしの目標は記憶に残ることじゃありません
踊る理由は死んでからも生きることじゃない。
むしろ、記憶に残ることなんかよりも
《今》という《瞬間》を共有したい
未来よりも《今》
今の真っただ中をかけがえのないものにしたい
そんな想いで踊っているのだとおもいます


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Taisuke [HOMEPAGE]