ある夏の日― 突然、東京を襲った大規模な爆弾テロ。 平穏なこの国を眠りから覚ました事件の犯人は、 たったふたりの少年だった―。 “スピンクス” と名乗る犯人たちの、 日本中を巻き込んだ壮大なゲームがいま、始まる。
『残響のテロル』 この世界に、引き金をひけ。
一息に最終回へ。 退院が引き金ですw 一気見してわかるのはゲームじゃなかったこと。 自分たちの《存在意義》の話です。 その裏には日本国、本物の独立国家として、とか 思想背景がおそろしく渦巻くその始まり。 人為的に天才をつくる実験で生まれた主人公。 ナインとツエルブ。 そしてハイヴ。 アテネ計画で生き残ったのはこの3人だけ。 他の子どもたちはみんな死んでしまった。 ナインとツエルブは命懸けで施設逃走に成功。 本人たちが自覚しているのはたった一つ。
“自分たちに残された時間は短い”
実験で拓いた才能、その命が短命だと知っていた。 そんな中で自分たちが為すべきことは何か。 ここがこの作品、最大の焦点でした。 ナインとツエルブがテロを行う理由。 自分たちの存在を世に問うこと。 そして、つくられた人間であっても この世に生きていることの意味を探したんだと思う ほんとうはテロ行為なんてしなくてもよかった。 逃げ出せたことだけでしあわせだと言ってもいい。 それでもそういったことになったのは、 つくられたことへの怒りなんでしょうね。 自分たちの命の不安と、人を超えた能力の事実。 もしかしたらそれ以上に、役割を見出だしたのかも
それを世界にぶつけたかったんでしょう
ここには共感をおぼえます。 わたし自身も手術の痛みで踊れないこと、 未来への不安を誰かにぶつけたくなるときがある。 怒り。 怒りは凄まじい力です でも正直言って誰かにぶつけるのは筋違い 今はそんな想い、リハビリにしかぶつけられない そして、これは自分のためだけです ほんとうはもっと誰かのためにぶつけたい 人のために役立つことがしたい 人に必要とされたい そんな場所に戻るために絶対必要なこと 誰かのために最低限絶対に必要なこと 自分が自分であるために。 わたしにとってはダンスになるのでしょう
踊りに向かえない今は、学ぶしかない
人間の可能性や人間の幸福、人間の意思。 人間が人間らしくある、そんなあらゆること。 そんなわたしが個人的な想いをぶつけられるのは、 実はこの《blog》だけです そう考えたら、ナインやツエルブと同じ気がした。
このblogはわたしのささやかすぎるテロ行為ですw
第一話を視聴したとき。 この時世になんて作品つくってんだ!? って本気で思いました。 なにしろ都庁の爆破から始まるんですよ!!
この現代、かるくありえそうです
作品が世に出れば必ず影響を受ける人間が現れる。 ゾッとしましたね… でもその犯行には純粋な目的があったんです。 たいへんに陰鬱な展開が続きましたが、 内容には驚きました! 『残響のテロル』で最も興味深かったのはハイヴ。 ナインやツエルブ同様、つくられた才能。 ナインとハイヴは演算能力からの判断力。 ツエルブに至っては見えないものまで見える。 story展開でハイヴは二人の敵として現れます。 そしてついにハイヴはナインの前に立ちました。
「ナイン。 いつもアンタに勝てなかった。 ずっとアンタに勝ちたかった。 でもアタシに残された時間はあまりにも 短かった… アタシは、 アンタのおかげでここまで生きられた。 そう、アンタがアタシを生かしてくれたのよ… でもそろそろ別れのときが来たみたい。 だから…アタシの分まで生きて、ナイン… さよなら、ナイン。 先に行くわね 」
あれほど陰険に、執拗に、ナインを狙ったハイヴ。 つくられて、理不尽にそうなったことに憤りを 持ちながら、それでも “生きようと” した。 ハイヴのその《生きようとした根源》は、 《ナインへの強烈な闘争心》。 その闘争心でナインとツエルブを追ってきたんです。 そして展開はその通りに。
ナインを追いつめたときに命の時間が尽きた
嫉妬や憎悪、そんなもので覆われていたのに、 自分に残された時間がないことを悟ったとき、 自分と同じ、つくられた人間のナインを前にして ナインに銃口を突き付けながら口にした台詞です!! これにはほとほと度肝を抜かれました― そのとき思ったんです
《ハイヴはあり得る》
人間ってそんなものじゃないのか、って。 憎しみの果てには、もしかしたら こんなことが待っているのかもしれない そう思ったんです 生きることに《祝福》があるのなら、 こんな最期だってあるかもしれません。 これは《希望》と呼べるものだと思います ナインとツエルブには隠蔽された真相を世界に 明らかにするという、目的があります。 そうすることが今というときの二人の存在理由です。 ハイヴも同じ理由をもっていておかしくない。 でもハイヴにはナインだけが理由でした。 そのラストは極端な邂逅でしたが、 極端だからこそ強烈に考えさせられました。
わたしたちは、自分から見ても小さなことかも しれないことが自分にとってどれだけ大事な ものか、わからないときがあります それが壊れたとき、突然に相手を疑い出したり、 自分でさえも疑い出したりします。 たとえば《健康》がそうです。 わたしが仕事をしていたとき、 そんな人たちを看ていました。 そして自分でも、身を以て経験することに
事故で自分自身を簡単に見失ってしまった
こんな自分に何かできることがあるのか どうやってこれから生きていけばいいのか 他人のことなら考えられても、 自分に起きたことは全く別次元でした 自分のことがどうしても考えられなかった 抗いようのない不安 自分に囚われてしまったあのとき それでも何とかしようとしたとき わたしは《美樹さん》に会いました 美樹さんと会わなかったら今の自分はいません でも、美樹さんに何かしてもらったわけじゃない
美樹さんは全力で《生きようとしていた》だけです
ただそれだけのことが、 わたしにどんなに勇気を与えてくれたか どんな小さなことも、決して小さなことじゃない わたしはそれを美樹さんにおそわりました
だから、ハイヴのこともバカにはできない。 そう思うんです。 やってきたことが間違っていたとしても、 ものさしを変えれば、 《強烈に生きようとした》ことに代わりないからです 人間の歴史はそんな歴史なんじゃないか、 そう感じました
さあこの作品でサイコーにしびれた台詞の発表です☆ それはハイヴに捕まったリサを助けに行こうとする、 感情的なツエルブの台詞でした― 一番人間らしいとおもった人物はツエルブです
ツエルブ「リサ!」 ナイン「ハイヴだ… 間違いない! ツエルブ、待て!! これは罠だッッ」 ツエルブ「わかってるさ…」 ナイン「何でだ!?今度は前のようにはいかない! 俺たちには時間が!!」 ツエルブ「わかってるさ!! きっと… 時間がないから行くんだ―
時間。時間の感じ方 時間が有るとおもっているのか、無いとおもってるか それは生きる《密度》と直結します 実際、わたしたちの時間は限られているんです
ナイン「なあ、俺たちを… 憶えていてくれ 俺たちが、生きていたことを―
もし、もし自分がナインだったら 同じことを言うとおもう。 この結末は《ありうる》そうおもいました
たいへん暗い話ではありましたが、 そもそも残された時間がないところからの出発です。 暗くないわけがないw でも、これってわたしたちもまったく同じです。 命の時間を考えたら、生きることを考えざるを得ない 「あのときこうすればよかった」 そんなものを声にしないためには。
生きる意味をかんがえるよりも、何がしたいのか やりたいことをすこしでもつづけていれば、 かならずそれが生きる意味をおしえてくれる わたしは、そうおもっています
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