断罪の時間 〜Dance!な日常〜

2012年08月29日(水) スマートフォンが戻ってきた日

購入して6日目に不具合が認められ、ド○モshopに身柄を引き渡して2週間。
修理からスマートフォンDebutが帰ってきました!

 デビューやりなおしですw

アンド■イドって不具合ありすぎじゃないのかな?
これはたまたまなんだろうか。 とにかく納得できない
気を取り直して電話帳をつくりなおし。
またこれか… 連絡のとれないひとを削除していく作業です。 さみしいね
でも、この逆もある。 さみしいだけじゃない!!

 なかなか連絡をとる機会がなかったひとになつかしく驚かれるとき

スマートフォンにしただけで用事はありませんからw
ただ声を聞くために電話しているんですw
しかし、何度電話してもまだまだ出ないひとだらけです!!

 こんなに?!

コミュニケーションって、電話って、こんなに難しかったっけ??
SNSとか発達していくらでも連絡がとれるようになってきている世の中じゃないの??
そうか。。 わかったぞ!

 それだけ人と真剣にコミュニケーションを取ることをしなくなったんじゃないか?

このとき、人と本当に“会話”することが希薄になってきている今を感じました
もちろん忙しいだなんてみんな一緒です。 なんの理由にもなりません
一言もないのが変だと申し上げているのです。
自分の言いたいことを伝えるのがどれだけ難しいか。
簡単に言えるひともいるし全然通じそうにないひとだっている。
素直に話せるときって、とてもタイミングが必要だとおもうのです。
「いいね!」なんていくらでも押せるよ。
ほんとうにそう思ってなくたって体裁だけのために押せる。
どれだけ本物の「いいね!」があるのかな。
こんなことを言っても答えは簡単。

 偽物だろうが本物だろうが、そんなのはどっちでもいい

これがテキトーなSNSの正体です。
もちろんうまく利用しているひともいるでしょう。
それでも誠実なお付き合いの場合は無尽蔵にお友だちにすることは考えられません。
“お友だち”を増やせば増やすほど難しくなるし、どうでもよくなる気がする。
それを好きでやれるひともいるでしょう。
より多くの人をお友だちにすることで可能性はひろがるでしょう。
でも、自分にはまったくあてはまりません。
表面上だけで話をすれば誰も傷つかずに済むよね。
わたしは楽しいだけの会話なんてまったく絵空事だと思っています。

 傷つかない人生なんてきれいごとだからです

それを乗り越えたときにこそ、人との関係が本物になるのです。
そりゃ言う方だってただじゃすみません。
自分が間違っているときだってある、自分を守るために言うこともあります。
その一言で関係が壊れるなんていくらでもある。

 大事にしたいのは、相手のことを考えていなくちゃ言わないこと

相手に伝えたいと本気で思うなら伝達手段は真剣に選ばなくてはなりません。
そんなわたし自身でさえ「いいね!」が多くなってきています。
それは他人とのコミュニケーションが簡単にできる世界になったから。
それだけコミュニケーションが安っぽくなったからです。
わたしは電話している間くらい相手のことを考えていたい
今この人は何をしているのかな、元気なのかな、困っていたりしてないかな
わたしたちのほとんどは今を生きることで精一杯のはずです。
だから、そうであればあるほど、そのときを大事にしたいのです

スマートフォンにしてから最大の違和感を感じるのは文字入力です。
これまではボタンを“押す”ことで撃ってきた文章。
ボタンのリアル連打で叩き出したその言葉には血が通っていました。
わたしはそこに感情を込めていた、そうおもっています。
スマートフォンは画面上をなぞって入力する方法です。
これに慣れてきたころ、ゾッとしました

 自分の気持ちが込められなくなったのに気付いたのです

文字入力が迅速にできるようになったことはいいことかもしれません。
でもそれが簡単になればなるほど違和感を感じるのです。
わたしはこれまで以上にメールが信じられなくなりました。
わたし自身にもその影響は及んでいます。
ふとメールにした文章を見たらおそろしく稚拙になっている!!
メールを撃つときにこれまで投入してきたその気概をまったく感じなくなった
どうでもよくなってきたのを感じるんです

押すボタンがないということがこんな気分にさせるなんて思いもしませんでした
それも危機感の類です
これが“あたりまえ”になってゆくのです  こんなに怖いことはない

機械を使うわたしたちのこころが機械に呑み込まれるのが怖い


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Taisuke [HOMEPAGE]