断罪の時間 〜Dance!な日常〜

2012年07月14日(土) 「へルタースケルター」

お誘いにあずかり、早速見てきました!  初日、公開初日です!!
わたしは後悔のない初日を大いに期待しましたよ―

 『へルタースケルター』
 最高のショーを、見せてあげる。

 芸能界の頂点に君臨するトップスターりりこ。
 雑誌、テレビ、映画、日本中どこを見ても、りりこ!りりこ!りりこ一色!
 しかし、りりこには誰にも言えない秘密があった―
 りりこが【冒険】の果てに辿りつく世界とは?  最後に笑うのは誰??

これは、監督・蜷川実花の極彩色映像美を見に行く映画と言えます。
そしてもうひとつの宣伝文がこれ。

 映画というより事件!

わたしはこの映画をなめてました。  むちゃくちゃ面白かったんです
邦画商業映画の部類ですが、ここまで唸ったなら本物です!
後悔どころか、もう一度見てもいいくらいですよ!!
最初に唸ったのは中盤、りりこの一言でした。

 「違うよ。 美しくなれば、強くなれるのよ」

この言葉は“強いから美しくなれた”その逆の意味で使われます。
これは大いに共感できるものでした。
コンテンポラリーでその意味は通じませんがクラシックバレエはかなり当てはまる。
日本舞踊などアカデミックなものにはすべて“美意識”が問われるものだからです。
大人から始めたわたしです。 出来ないうちは、何をやっても弱かった。
それは、出来ないから。  すなわち“恥ずかしい”からです
もしかしたら、恥ずかしさは死ぬまでなくならないものかもしれない
そうだとしても、努力で出来ることは増えていきます
すべての所作が決められた世界というなら、決められたものが出来れば自信になる
これが強さの根拠。
クラシックは出来ること自体が美しさに直結しているからです。
その強さは、誇示する性格になってしまう危険性を孕んでいますけどね。
それは力でヒエラルキーがつくられている以上、仕方のないことではあります。
肉体を踊りに、より特化することを強さとしているからです。
美しさ、それはわたしたちが毎日のたゆまぬ努力で強さとしているもの
しかしこの映画では整形技術が美しさの拠り所です。
翌日いきなり美人になっているんですよ!!
さぁどうでしょう… これはもう精神がおかしくなって当然だと思えます

 自らの努力で少しずつ手に入れるものと、突然手に入るもの

そこには絶対的な差があると思います
なによりも自分の力じゃなかったら借り物じゃないですか。 いくら苦痛を伴おうが楽
だとしたら借り物を本物にする努力が必要なはずです。
もしそれを本物とすることができたなら、誰にも文句を言われる筋合いがありません。
堂々といられるはずだからです
堂々といられないのなら、偽者だと自分が認めているようなもんです。
これでは自分で自分を永久に裁き続けることになってしまいます。

 恥ずかしいと思うくらいならやめろよ

恥を捨てなくちゃ、恥を乗り越えなくちゃなんにも始まらないんです
仮につくりものだとしても、わたしはつくりものを一概に悪いとは思いません。
人には、とりつくろってることなんていくらでもあるじゃないですか。
自分がなりたいものになるためには背伸びしなければならないのです。
しかしその背伸びの度合いが行き過ぎれば歪みがおこるのは当然でしょう。
きっと背伸びの度合いは恥ずかしさの度合いに比例するかもしれません。
その奥底には計り知れない恥ずかしさがあるはずです。
それを克服するにはきっとなにかが必要なんじゃないかと思うのです。

 問題なのは解決するその“方法”

比べれば、自分を受け容れることがずっと幸せになる早道だとおもいます。
この映画で取り扱っている価値基準が“外見”一辺倒だからです。
メディアに力があればあるほどこんな不幸はおこるのかもしれません。
世界に知れわたるんだから逃げ場所なんてどこにもありません。
そもそも、りりこの存在理由は世の中にその存在を認めさせることでした。
これまでにどこまでおそろしい過去があったのかは知りません。
全身をつくりかえてしまいたいほどに何かがあったに違いありません。
その反動があのキャラクターだと思うのです。
もしなにも考えず全身整形なんてできるとしたら相当頭が悪い。
そうじゃなかったら単なる被害者ですからね。
しかしその名声がどれだけ増えても結局は一時的なものでした。
名声に執着するりりこだからこそ絶対に見られることを捨てられない、と思った。
だから、あのシーンで映画は終わりだと思った。
ところが物語は思わぬ結末を迎えます。

 りりこ、名声捨てれるんじゃん!!

そのトップスターとしての最後はりりこの名声を前提としていましたけど。
でもこればかりは映画だと思いました。

 どう見てもすべてを捨てて生きていられるほどの図太さを“りりこ”に感じなかった

りりこにとっては全てを失ってからがほんものの努力のはずです。
あの状況から自らの世界を、リアルを、簡単に手に入れられるわけがない―
結局、自分のやりたいことを見つけていた。
他人の評価じゃない、自分の世界を手に入れることに辿り着いていたんです

 わたしはりりこを見直しました

他人からの評価で生きると“やらされる”“やらなくちゃいけない”ことになる
これは苦しいことです。
しかしこれが生活に組み込まれている種類の人もいます。
どちらにしても行き着く先はひとつでしょう。

本当の自分自身を見失わないことがなによりも大事じゃないか、そうおもいます


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Taisuke [HOMEPAGE]