監督:渡辺信一郎×音楽:菅野よう子、黄金タッグふたたび!! 原作は、“このマンガがすごい!オンナ編 No.1 ” 男性読者もグッとさせる青春story! その黄金タッグだけで、もう見ないわけにはいかないぞ―
『坂道のアポロン』 KIDS ON THE SLOPE 僕たちの間には、いつもJAZZが流れていた
1966年初夏。 高校一年生の西見薫、父親の仕事の都合で横須賀からひとり、九州へ引っ越してきた。 それまで優等生で周囲に心を閉ざしがちな薫だが、“札付きのワル”と恐れられる破天荒なクラスメイト・川渕千太郎との出会いが彼を変えていく。 千太郎を通じて知ったジャズの魅力、そして初めての「友達」と呼べる存在。 仲間と奏でる音楽が薫を変えていく!
千太郎の幼なじみで心優しいレコード屋の娘・律子。 ミステリアスな上級生・百合香、憧れの兄貴分、淳兄…。 アメリカ文化漂う海辺の街を舞台に友情・恋心・音楽がまぶしく交錯する青春群像! 久しぶりに、おそろしく見ごたえがあるアニメーションでした!! サウンドトラック即買い。 その上で最終回が終わるまで聴かない入れ込み様w 立ち読みで原作1巻を読んでアニメ化を必然知ったのでした。 これ以上原作を読んではアニメを全力で楽しめないだろうと思い、そのまま封印。
1巻がそのまま一話になってましたw
もちろんフォーカスは微妙に違いましたが。 映画な以上、見せ方も変わらざるを得ませんよね。 条件は情報量と時間です。 原作があればどこを焦点にもっていくかはすべて脚本次第。 そのstoryは少女マンガならではの展開をみせました!!
告白が早い
少年マンガでこうはいきません、タイミングを引き伸ばすのが少年誌です。 最後に告白をもってくるのが定石。 きっと両思いこそが少年の憧れだからですw 予想を裏切られることが序盤におこるとそれだけで虜なアーサナでしたね! 主人公・西見薫は頭脳明晰、良家のボンボンであだ名も「ボン」「ボンの字」。 わたしは薫タイプですw 薫が考えるその思考、こっちがしてるのとそっくりだもんね…
人が良すぎる
これこそがこのタイプ最大の弱点です。 〜いいひとにしかなれない〜 しかし薫にも欲望はあります、ところが必ず空回りしてしまうのでした。 チクショー もう一人の主人公・川渕千太郎、千は薫にはないものをその性分からもっています。 けっして頭がいいタイプではないけれど、わたしは羨ましくてなりませんでした。
千こそが“人一倍人間力をもっている”そんな気がしてならないのです
薫のようなやせっぽちではないその体が強い男のしるしを決定している気がして。 ともに悩みはあっても千のほうは色恋沙汰以外すべてに清清しさがともないます。 その理由がなんなのかわからない。 そこにはこころの本質がともなう気がしてなりません 薫の判断には女々しさ、言い換えれば弱さに見えるふしがあるからです そこにはどんな小さいことにもおそろしくプライドが関係しています わたし自身も完全にこのタイプで、ゆるせないことは決してゆるせません。
少年時代にできた友だちは大人になってできる友だちとどこが違うんでしょうか?
わたし自身、年を重ねつづける今、いろんな知人友人がいます。 けれどそのほとんどが学生時代とは一線を画しています。 何が違うと思いますか? まずは大人として社会に認められているかいないかが極めて大きな線です。 わたしたちは社会で生きていくことが大前提だからです。 言い換えればどこに属しているかが重要になるということです。 そして、社会で生きていくということは判断基準がお金であるということです。 つまりそういうレベルで人と会うことになるのだと思います。 その稼ぎこそが信用にもなりえるからです。 わたしはその“稼ぎ”を“夢”に置き換えてその人の信用としています。 わたしには夢しかないからです わたしはおそらく持たざる者でしょう でもね、年は離れていようと親友がいます すべてを話せる友だちがいるんです そんな人たちに共通するのは“いつ会っても過ぎた時間を感じないこと”
最初から相手を受け容れていること
一般社会ではお金がその信用のありかかもしれないが、そうじゃないものがある! わたしが言えるのはそんなことかもしれません。 『坂道のアポロン』ではそれが“音楽”ではないかと思うのです
薫は長崎を離れたときピアノをやめてしまいます。 千はドラムをやめていませんでした。 わたしはどうしても薫がゆるせない気持ちでした。 千と一緒にいるときだけが薫の“音楽”だったのかもしれない たとえそうだったとしても、あのときの輝きを捨てられる薫が気に入らない
ほんとうに好きだったらやめられるわけがない
ただ、その輝き、友情は、本物でした。 誰にでも、わたしにもその輝きがあったはずです。 『坂道のアポロン』最終回、この日何度も何度も繰り返し見ました。 わたしが、夢を“本物の夢”にしたのは20歳をすぎてから。 実はその決意した日が携帯メアドの一部です。 今もその夢の途中です
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