新千歳空港へ向かうANA旅客機、機内。 いよいよ今日から6/3の大阪本番に向かって北海道生活がはじまります! 衣裳等、あらゆる準備で寝不足でしたが小説を手にとってしまいました。
『ヘヴン』 川上未映子 かつて見たことのない世界が待ち受ける。
十四歳の僕が知った、生きることの不条理と美しさ。 善悪の根源を問い、圧倒的な反響を呼んだ長編小説! 何が善で何が悪なのか。 誰が強く誰が弱いのか。
芸術選奨文部科学大臣新人賞・紫式部文学賞ダブル受賞。 そんなことよりも著者がわたしと同年代だということが購入の檄鉄です。 どんなことを作品にしているのか。 過ごしてきた同じ年月でどれだけのことが伝えたいのか。 勘はあたった。
小説は中学生の主人公・ロンパリがチョークを喰わされるところから始まります。 更に「カルピスカルピス」と言って粉末チョークを溶かした水を飲まさ… 最初っから怒涛の展開です。 わたしはいきなり思い出したくもない小学生時代を― 最悪、最悪です、最悪でした 読めば読むほどに、です
僕の目は斜視だった。 左目に見える輪郭に、右目がかろうじてひろっている輪郭が重なってなにもかもが ぼんやりと二重に見えるのだった。 そのせいでなにを見ても奥ゆきを感じられず、すぐそこにあるものをさわるのにも、 うまく距離感がつかめなかった。 指さきで、手で、なにかをさわってもちゃんとさわれているのか、正しくさわれて いるのかどうかわからない感触がいつも残った。 それから僕は鏡のまえに立って自分の顔を見てみた。 右目はだらりと目じりに流れて、あいかわらずどこを見ているのかわからなかった。 不気味だった。 僕は鏡に顔を近づけた。 鏡のなかの僕の目にどれだけ目を近づけても僕の視線は 僕の目をつかまえることはなかった。 僕の目は得たいのしれない深海魚のように濡れながら、 ただそこでじっとしているだけだった。
もう、それだけでキツかった… 人間サッカー等で痛めつけられつづける主人公にコジマがいいます。
「あの子たちは、…本当にね なにも考えてないのよ。 ただ誰かのあとについてなにも考えずにその真似をして、 それがいったいどういう意味をもつことなのか、 それがいったいなんのためになるのか― わたしたちはね、そんなこと想像したこともない人たちのね、 はけ口になってるだけなのよ」
「あの子たちにも、いつかわかるときが来る」
「これにはちゃんとした意味がある。 これを耐えたさきには、きっといつか これを耐えなきゃたどりつけなかったような場所やできごとが待ってる」
わたし自身もそれを信じてここまできた身の上です。 だってこれしかない ところが、百瀬のこともなく言い放つ発言がこの世界のとんでもない盲点を突きます― その意味があるのは自分自身だけだということかもしれない。 その意味は“自分で決めるもの”だからです。 その耐えたさきの意味は他人に影響をあたえるものじゃない あくまでも自分自身の強さを手に入れることしかできないものかもしれない わたしは唸りました この作者はわたしの想像を超えた世界を現出させてきたのです。 それこそが問題作だと云わしめる所以でしょう。 まったく生易しくない わたしたちに刷り込まれたあらゆる社会的道徳を揺るがす物語だったんです ここまで言える百瀬が一体何者なのか、わたしは疑いました。 そもそもまったく“痛み”というものをもっていない百瀬。
こころがない
徹底的に自分のことしか考えない理不尽な発言で 百瀬は相手の立場に立ってみることを全否定します。
「ほんとはわかってるんだろうけどさ、 “自分がされたらいやなことは、他人にしてはいけません” っていうのはあれ、インチキだよ。 嘘に決まってるなじゃないか、あんなの。 ああいうのは自分でものを考えることも切りひらくこともできない、 能力もちからもない程度の低いやつらの言いわけにすぎないんだよ。 しっかりしてくれよ」
中学生でこんな言葉が吐けるなら百瀬自身におそろしい過去がなければウソだと思った 人が経験するために生きているというならなおさらだ
「人生なんてものそもそも意味がない、そんなのはあたりまえのこと」
こんなことが言える中学生いるのか? それは置いておくとしても最初から百瀬は、百瀬だけはすべての解決法をしっていた。 いっくらでも主人公みたいな弱者をたすけることができる。 ところが!! その百瀬自身がまったく加害者の立場にいる!! 楽しんでいるくせに主人公には無関心だと言いのける!!
ありえない
そう思った、怒りとともにそう思った 自分自身に痛みがあるのなら、痛みを知っているのなら そんな百瀬が二ノ宮に従っているんだから滑稽だ なにより百瀬はトップの人間じゃない すべてをわかっていながらも後ろからクスクス笑っていることを選ぶ人間だった ここまで斜めに世界を見ていられるものか?
悪魔だと思ったね
ある意味で、感情を度外視した物語にわたしは完全に呆けてしまいました。 読み終わったのは空港から札幌に向かうJR車内。 わたしはうんざりした気持ちでグッタリでした。 窓際に座っていたわたしはガラゴロを左座席のスペースを少々奪って置いていた。 気がつけばそこに座っていたのは長身の外国人! 明らかにスペースが足りていなかったw 足を組まなきゃいられない! わたしは話しかけました。 実は、藁にもすがる気分でした その小説のおかげで軽く人間不信になるくらいに気が滅入っていたのです。 するとどうだ! その長身外国人はなんとも気さくなヤツだった―
男性カナダ人 アラーモ
お互いに会話が終わらない、もちろん会話は英語ベース。 アラーモは日本滞在の神戸生活二年製。 片言の日本語ならまるで通じたw ひさしぶりにわたしは英会話で挑めるチャンスにめぐまれました。 せっかくオックスフォードでJamesに鍛えられた身。 会話力は話さなくちゃ忘れていくだけです。 そう、自分の踊りも、踊らなきゃ簡単に見失うのです。 アラーモはわたしの英会話力をほめてくれたね。 要は正しい文法なんか必要ない。 あらゆる単語で“推し量れば”いい。 アラーモは各国を旅する趣味の、経済マーケティング専門の大学生29歳。 アラーモもJamesと同じく、わたしを日本人扱いしなかった。 なぜなら大抵の日本人は気さくじゃないからです。 わたしは一瞬で理解した
この男も、人間が好きなのだ
わたしは『ヘヴン』を断ち切りました。 生きることは事象じゃない
なぜならわたしたちにはこころがあるからです
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