| 2012年03月31日(土) |
「ヒューゴの不思議な発明」 |
アカデミー賞<撮影賞、美術賞、視覚効果賞、録音賞、音響編集賞>受賞!
『ヒューゴの不思議な発明』 世界は幸せにあふれている 必要なのはちょっとした修理だけ 父を失ったひとりぼっちの少年と、過去の夢を失ったマジシャン そんなふたりを繋ぐのは― “機械人形”
なによりも、ヒューゴは発明なんかしません。 だから、ヒューゴの不思議な発明じゃあないんです。 まったく見当違いです。 この映画を見終わって感じたのはこれでした。
退屈
あくまでも一個人の見解です。 製作がジョニー・デップでもこころにはなんにも響きませんw そんな中でもいい言葉はありました!
「世界がひとつの大きな機械なら、いらない部品なんて1つもないんだ」
ってこれ予告トレーラーで聞けるし。 さて、この映画が始まるや否やわたしは爆睡してしまいました… ここまで眠たくなるなんて『蜂蜜』以来の最悪の事態です! やっぱりわたしにはウソくさいリアリズム大衆映画は無理だ― なんだろう、どうしてここまで胸に迫らない映画が評価されるの!? どうにも見方がわかりません。 コメディだかシリアスなんだかわけわからん 映画はたしかにうつくしかったけどね―
今回重要なのは映画の内容じゃありません。 センターのわたしを中心にした館内、人類の縮図です。 上映してしばらくしてからわたしの右隣に入場してきた二人。 父と娘の構図だとおもわれます。 この二人はコメディ風の映像になるといちいち相づちをうちます。 その上、迷惑になるレベルでいちいち会話もしちゃいます。 いや〜『ヒューゴ』が楽しめるってうらやましいね。
俺なんかまるで琴線に触れやしなかったよ
そして左隣ではまったく別の世界が展開されていました。 もう後半から泣きっぱなし。 えええマジで? なんで? 意味わからん!! びっくりしましたが、わたしは想像をめぐらせた。 たぶんこれだ きっとパパ・ジョルジュ役のベン・キングズレーに起因しているんじゃないか。 左隣の方にはきっと悲しい出来事があったに違いない。 そんな人たちに挟まれ、ひとりまったく映画に引き込まれない自分… わたしは世界の中心で思い切り寝ていたんです
映画よりも、この状況自体が貴重な体験となりました
そう、映画は見るひとによってまったく見え方も楽しみ方も違う! 『ヒューゴの不思議な発明』ではそれを教えてくれました。
なによりも、映画の内容からそれを学んだわけではないのが衝撃的でした
|