断罪の時間 〜Dance!な日常〜

2012年03月25日(日) ウルトラマンと「正義」の話をしよう

親友が課してくれた本を勇ましく読破しましたw

 『ウルトラマンと「正義」の話をしよう』   神谷和宏
 何が「善」で、何が「悪」なのか?
 誰が「味方」で、誰が「敵」なのか?
 そして、真実の「正義」とは一体何なのか?

この本はおそろしく興味深い本でした。 あっという間にページが進む!
まず最初に怪獣映画の「祖」、ゴジラについての記述に唸りました。

 戦中「アメリカを倒し、戦争に勝つことが正義」そう教えられ亡くなっていった
 兵隊たちの魂は、アメリカ的な正義の下に復興していく世の中で、どのように位
 置付けられるべきなのか。 その行き場のない魂、そしてそのことを知りつつも
 どうにもできない人々の意識の集合体こそゴジラなのだ。

人の想いとはこんなところにまで及ぶのです。
親米化していく中で行き場を失った戦没者の魂の集合体…
納得できる。  わたしは頭をかかえました

退院したあと親友に言われるがまま『ウルトラマンネクサス』を全編鑑賞。
大人になってからウルトラマンを鑑賞したわけです。
疑心暗鬼だったわたしでしたが、そんなものを超えて力をあたえてくれました。
まさかこんなに勇気がでるなんて思いもしませんでした。
そんなわたしだからこそこの本を読む動機がありました。
興味深い内容は哲学にもつうじます。
スペインの哲学者、オルテガ著『大衆の反逆』についても記述されています。
以前にも残していますが、実はこの本からきていますw

 現代の特徴は、
 凡俗な人間が、自分が凡俗であるのを知りながら、
 敢然と凡俗であることの権利を主張し、
 それをあらゆる所で押し通そうとするところにある。

もちろん「凡俗」であることが悪いとは書いてありません。
問題なのは“凡俗であることを逆手にとること”だと言っているのです。
わたしはまったくそのとおりだと唸りをあげずにはいられませんでした
自分を「凡俗」だと主張するのであれば、わたしたちはまったく成長しなくていい
そのような大衆が力をもってしまうとおそろしい世の中になるはずです。
近年ではドッヂボールで“人にボールをぶつける攻撃性”が問題になりました。
そして、お遊戯会では“全員が桃太郎”になる時代です。
すでにわたしたちはいつもどこかでこんなことがおこる時代の真っ只中!
そうです、もはや「地球は地球人のものだろうか」などと考える時代ではないのです

さて、「正義」が大きく取り沙汰される場合とは決まって「強大な悪」が存在します。
ウルトラマンが戦うということは避けられない問題をかかえているということです。
正義をふりかざせば戦っていいことにはなりません。
やむをえない状況だからこそ倒さなければならないのです。
しかし怪獣を倒すのには人間世界を守るためというものを大いに含んでいます。
人間の正義があいまいだからこそ、わたしたちにその正義を問うというのです。

 ウルトラマンは必ずしもその「善」で怪獣を倒していない

主人公が人間の姿で生活している以上、人間社会の都合が立ちはだかるのです。
ウルトラマンにはそんな回が幾度もめぐってきます。
その一つは時代背景、世界状況とも言えるでしょう。
さぁそんな中でこの本のいきつく「正義」は―

 正義の味方の条件は悪を見つけ、戦うこと
 しかし条件はもう一つあります   それは、「弱者を救う」こと

この著書では“正義を見極めなければならない”と締めくくります。
それには何が正しいのか【考える力】が必要なのです。
なるほどこの著書には特定の立場の言動だけでは危険だと論じています。
常に逆の意見に耳を傾けることで、自分の「正義」をみつける努力。

 いきついたのは「中道」

中道というと真ん中の妥協案というイメージがしますが違います。
大辞林では「中道」とは「対立する見解や態度を克服した立場」だということです。
なるほど、これか! これがウルトラなのか!!

今こそわたしたちは未来のために自らの「正義」を問わねばなりません
正義のありかを“その時その場かぎり”にしない努力がきっと未来につながるはずです


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Taisuke [HOMEPAGE]