本番翌日、わたしはおそろしく体調を崩していました。 おそらくは本番が終わって集中が切れたのが原因。 いつもどおりですw だって本番の翌日のことなんてかんがえていません。 からだが痛いのは精神力で抑えるものだし、 あたらしいからだでダンスに向かうことに慣れていないのが本筋です 雪の中で“踊りにする”なんてまだまだこれからだな 考えが全然たりてなかった 雪で踊る気構えも、からだの力も
感じるのはまだまだいけるはずだってこと
人に伝えたい強烈な理由があるのにやりきれてない 突き抜けるだけのもうひといきを“あたりまえ”にしなくちゃ 全力を出し切ったのは本当ですが、不満はないというとウソになります どれだけ踊っても満足することはないでしょう いつだって全力の連続です その連続のなかで成長していくことがわたしたちには必要です いろいろと考え方はあるのですがこんなのがあります。
全力を見せるのは失礼
全力とは技術のことを指しません、自分をさらけだすことです 身も蓋もない感情の蜂起ほど恥ずかしくて醜いものはない 好きにやりたいだけなら一人で勝手にやればよいのです ひとに見せる必要などまったくありません それをこえて踊る理由があるのならやらなくちゃいけないことがあります
恥をきたえる
わたしの踊りは“全力でなければ失礼” なによりも自分にウソはつけない その“全力”がどんな全力かが問題なんです だからこそやりっぱなしじゃダメだ いやでも本番を自己分析しなくちゃ次にいけないつながらない 『Spread』、昨日のわたしには自分自身を恥ずかしがっているふしがあった 恥というと誤解もあると思いますがプライドということもできます 恥を知ることで、堂々と生きることができるんです 堂々と踊るためにはこれしかない わたしは“ダンス”がそれなしには踊れないものだと認識しています ただ、その恥や自信を、間違ってふりかざしてはいけないということです 札幌で、しかも雪の中を踊れたこと どれだけ未来になったかわかりません それは次の本番で問われることになります むずかしいことをここまで記してしまいましたが、 実のところ、踊れることに感謝の気持ちでいっぱいでした
むちゃくちゃ楽しかった
今までで一番たのしかったと思う 一面、見たことがないほどの雪でした 人生で初めてです まず雪と一緒に踊れたこと 見てくれているひとたちがいること ダンスにするのに懸命だった自分 雪の上で飛んで、倒れて、立ち尽くして、 上空に雪をぶん投げて― あれっ 下手すりゃ遊んでいただけだったりしないかw でも遊んだのもほんとうです ほんとうに遊びまくりました 全力で遊びました もしかしたら、これが『Spread』の正体かもしれない 生きていることがたのしくてたまらないんです!
|