| 2011年11月03日(木) |
経験の密度 〜旅の終わりに〜 |
フランス最終章。 (1)(2)(3)長くなりましたがなんとか描けましたw 凝縮するも、文章をまとめるまでにおそろしいほどの時間を費やしてしまいました。。 が、「長くて寝る前には読めません」という激励の言葉もあり、ここまでたどりつけました! 察していただけると…救われますw
(1)“鉄の刺繍”エッフェル塔、パッシーへ 運命のパリ・オペラ座を体験したわたしは、すべてがオマケと化しました。 ここまで旅してきた理由、己に課した使命を完全に果たしたのです。 しかし時間はいつだって戻ってきません。 わたしたちに無駄な時間などない
パリ最後のたたかい
〜ホテルチェックアウト時間まで、わたしはエッフェル塔を駆け上がった〜 これにはかなり語弊がありますw だって駆け上がれないもん。 基本的にはすべて待ち時間なのだ。 地上から北・東・西塔にあるエレベーターへの行列を見ただけでかなり立ちくらみがした。 でも、そんなことがなきゃ塔の真下からエッフェル塔を長い時間見ることはなかったね。 真下から見るエッフェル塔は凄い。 とにかく“鉄の質感”が凄い。 “刺繍”という表現に唸ります。 この感じは東京タワーとはまったく違う エレベーターにたどりついたときのわたしの思考はこちら。
あれッ?意外と早く乗れたんじゃない? 余裕でホテルに帰れそうじゃね?^^
しかしエッフェル塔はあまくなかった―
地上まで往復するにはエレベーターの乗り継ぎが何度も必要だったのです
第2展望台、上空の雲行きも怪しくなってきました。 とにかく一気に昇れない!! エッフェル塔、それはホテルへ帰らなければならない焦燥感とのたたかいでした―
エレベーター待ち 昇っても待ち 降りも待ち 更に降り待ち 雨が降り始めた 追い討ちをかける天候 更につらい 屋内じゃなく吹きさらしだもん 長い長い待ち時間
寒い、寒いね
そう、エッフェル塔はおおよそ待つのを楽しむ場所なのだ。 このように決して楽しみ方を間違ってはいけないのです。
上昇するエレベーターの中で英語圏の青年が叫んだ!
「It's REAL!!」
“これだ” そう思った これこそがダンスの使命だ わたしたちの世界は、未来は映像で満たされてゆくでしょう でも映像とリアルは違う 圧倒的に違う ただエレベーターが昇っていくだけでゾクゾクするこの気持ちは本物です
まだ昇るの?!
きっと、一緒に上昇していく初エッフェル全員がそう思ったはず。 ここにアクセスしなくちゃリアルを生きる意味を見失ってしまうかもしれない。 現に若者たちは仮想現実に取り込まれているじゃないですか。 リアルを楽しむ想像力。 それは常に自らに試されています わたし自身、事故後にリアルを楽しむ力が開花しました 一人で歩ける 一人でトイレにいける 一人で頭が洗える あたりまえのことができなかった 長い病院生活で日常から隔絶されたとき、何が大事か何が本当かを見出しました そういえば、わたしがダンスを続けてきたそれまでの理由は“本物”になるためでした。 なにをもって本物とするか、今の答えはこれです。
わたしが“堂々と”わたし自身であること
難しく得がたいものですが本物のダンスにするためには乗り越えなければなりません 毎日、その一日一日がわたしたち自身を育てていくのです
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(2)“善 ZEN” ミシュラン推薦和食店へ 〜最速1時間30分でエッフェル塔を踏破〜 けっこう頑張ったね、何を頑張ったのかよくわからないけれどw Taxiでホテルへ急行。 ギリギリ間に合いませんでした… もちろん受付で咎められました 「お前、帰ってくるっていったろ? 理由を述べよ」 述べなかったけどねw エッフェル塔を降りると土砂降りの雨でした。 とても観光は無理だ↓↓ これまでの旅でまともに雨がなかったのはかなり幸運なことだったかもしれない。 イギリスでは基本少雨のため傘を使わないのがフツーでした。 フランスでついに傘を使う日がきました。 チェックアウトを済ませ、わたしは昼食をとるべく移動を開始。 実のところフランスで“食”を楽しめてはいなかった。 〜カフェはもういい〜 挑戦すべきはフランス料理! ってフランス語ができない上にフランス料理ド素人が行けるレストランなんてあるの? わたしはガイド本【●るぶ】を開き、今日も魔法を詠唱した!
「フレンチ初心者の方も気軽にいらしてください」
ありましたw 〜ここでひとやすみ〜 ブルターニュで修行したシェフが24年前に開店。 日本人シェフ、ここなら大丈夫そうです! 牛ほほ肉の赤ワイン煮込みはホロっと柔らか食感が評判。 そんなレストランに到着。
ひとやすみどころか、本当にお休みでした―
閉まってたよ。。 今日という日はフランス国民の休日だったんです… お店はことごとく閉まっています。 日本じゃありえない光景でした。。 やっぱ日本人は働きすぎだよね。 でも日本じゃそれがあたりまえですしね。 ついてない、でもさ… 〜昨日があまりに幸運すぎたよね〜
大事なのはバランスですw
そういうわけで近くに日本料理店『善(ZEN)』を発見! 店は開いてました☆ 味の名店街をテーマに寿司・ラーメン・カレーまでなんでも揃う人気店らしい。 さっそく入店するとレジのお母さんに席を案内されました。 この“お母さん”はDANCE REBELLIONに出演してもらった友人の充子さんにそっくり!! かなり他人とは思えないそのオーラに気楽さを感じましたw それと同時にフランスで日本語の会話ができる嬉しさを感じました! 話しているうちに面白いところにいきつきます。
「毎回、日本に帰ると人間らしさがなくなってるのを感じるのよ」
その言葉はとてもさびしかった。 現に日本では知らない人同士でコミュニケーションをとらないのがフツー。 挨拶でさえもしなくなってきています。
みんなが向き合っているのは“機械”だからです
フランスでは見知らぬ人でも挨拶「Bonjour.」「Bonsoir.」が基本。 わたしは入院中、なにげない挨拶がどれだけ心に安心感をくれるのかを知りました。 おおげさに言えば、わたし一人ではないことを知るのです 自分自身の不幸に陥っていたわたしが一人じゃないことを知ったのは挨拶 〜挨拶が 事故で見失った自分自身を取り戻すさいしょのきっかけでした〜 今現在、わたしたちはめまぐるしい技術革新のまっただ中にいます。 いよいよコミュニケーションの根幹が揺らぐときが迫っています。
だからこそ、世界にはダンスが必要なのです
わたしたちダンサーはリアルでしかありえません。 からだ、からだです わたしたちはリアルのど真ん中にいるはずなのです。 エッフェル塔で聞いた「It's REAL!!」と同じところに身を置いているんです。 世界は、未来は外部記憶装置(携帯電話等)で満たされてゆくでしょう 機械に聞けばすべて答えてくれる世界になっていくはずです 自分の足で歩いて、目で見て、耳で聴く、リアルを忘れていくでしょう これから先、わたしたちは“迷うこと”がなくなるかもしれません もしそうなら―
わたしはそれに逆らって迷うことを楽しめる自分でいたい そしてそのときはきっと助けてくれる人がいると信じたい
わたしはパリに到着したとき、北駅から出られませんでした。 深夜で右も左もわからなかったそのとき、二人が声をかけてくれました。
知らず知らずのうちに誰しも、どんな人も“人の恩恵”のうちに生きているのです
善を出るとき“お母さん”がわたしに言った 「スリがいるから気をつけるのよ!」 わたしはその言葉を幸せと呼んでいい、そう思っています
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(3)杉野裕子さん わたしに課せられたパリ最後の行動はただひとつ。 おみやげの購入ですw 雨は小降りになったものの遠出は断念。 早速【る●ぶ】を開いて魔法を詠唱した。
『マルキーズ・ドゥ・セヴィニエ』 〜贈り物に喜ばれる可愛すぎるパッケージ〜 1898年、ヴィシーに菓子店を開いたのが始まり。
マドレーヌ広場の正面に位置するそのお店は、わたしが何度も往復した場所にあった。 迷わず行けるのはここしかない! 是非もなしw さぁチョコレートですマロングラッセです!! 日本に出店はなく願ったり叶ったり! ここでも面白い出会いが待っていました。 日本人の店員さんがいたのです! その名は杉野裕子さん。 めったにblogでお目にかかれないフルネームw 問題はないと思いますので載せさせてください! 杉野さんはなんとインド舞踊をしていたひとなんですよ☆
フランスでインド舞踊の日本人がチョコレートショップでチョコ売ってたんです
ちょっと言葉が変な気がしますがまったく悪気はありません! それくらい驚いた だってこんなところでダンスの話ができるなんて思ってもみませ… 違う。
きっとそういうことになっていたんじゃないかな
不思議だけどそう感じるんです 出会いは本当に運命かもしれません 生きている間に出会える人間は限られているから わたしはダンサーとしてオックスフォードで舞台復帰したことを話すと、 杉野さんもアジア圏からフランスに来たことを話してくれました。
「お互いに頑張りましょう!」
言葉もいいところに行き着いた。 〜おかげさまで楽しくお土産買えたよ〜 もし『マルキーズ・ドゥ・セヴィニエ』に寄ったら彼女を探してみてください。 とおっても人間味ある女子でしたからw そう、良質なチョコレートは後味が違う!! 日本に帰る時間になりました。 ロワシー・バスで一路、シャルル・ドゥ・ゴール空港へ―
ロワシー・バス乗り場がわかりませんでした
まぁ一人旅なんていつだってこんな感じです。 もう慣れましたね。 慣れたのはいいけど、バス停は見つけなきゃ帰れません。 ちょうどそのとき、いち日本人家族と出会ったわたしはバス停を尋ねました! わたしと変わらない年齢の娘さんとその両親だと思う。 娘さんがわたしにわからないながらも「向こうだと思いますよ」と示してくれた。 そしてそのお父さんがわたしに照れながら声をかけてくださったのです。
「がんばってください!」
わたしはなんだかふわふわした気分になりました どう文章にすればいいのかわかりませんが、その言葉はちょっと変じゃないですかw でもその気持ちが、なにげない言葉がわたしたちを後押ししてくれているんです
きっとみんな迷っているから それぞれが目的の場所にたどりつくことに
旅の最後に気付いたのは、出会いにたすけられてこの旅を送れた事実
わたしがほんとうに困ったときには、必ずたすけになってくれる人がいました もちろんそれに甘んじてはいけませんが、人の生きる根底にあるものを知ったのです 愛って、おおげさなものじゃない気がしました 言葉や文字にするとどうしてこんなに違う感じになるんだろう でもたしかに愛はある そこらじゅうにある この旅でそれをたしかめることができました
〜わたしたちはきっとさいしょからもちあわせています〜
旅には、人を変える力がある。
この旅で、あたらしく手に入れた人生経験は計り知れません ですが本当に“変わる力”は、これまで積み重ねてきた知識を別の視点から見直すことができるチャンスにあるのではないか、そう感じるのです 自分のあたりまえを疑ってみてください きっと驚くほどすべてが変わるはずです
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