断罪の時間 〜Dance!な日常〜

2011年11月02日(水) 「La Source」

 Ballet de l’Opera national de Paris
 『La Source』

〜135年ぶりにジャン=ギヨーム・バールよって復元された『泉』〜
その舞台はオーケストラピットの上に浮かんでいるようでした―
パリ・オペラ座ガルニエ宮、その舞台は眼前で見ると笑いがでるほど傾斜が深かった。
この傾斜でなぜ地に足がついた踊りができるのかどう考えても納得いきません。

 もっと不思議だったのはダンサーに重力をまったく感じないこと

こんなことができる理由はただ一つ、“筋力”以外のなにものでもない!!
その脚捌きはおそろしく速くて正確、その上での表現力。
すべてを何事もなく“あたりまえに”踊っていた。
 〜どれだけ筋力あるんだ〜
誰一人着地音がまったくしません。 最前列でその踊りを見ているのに!!
聴こえてくるのはオーケストラの音楽だけ…

 わたしはすべてを疑いました

その音がずれるのは斜めの列がジャンプした際の先頭の人物のみ。
その理由は、傾斜がある舞台では助走で勢いがつき着地が遠くなるからです。
とにかく夢でもみている気分になった。 麻薬やってる気分です。
〜この世のものじゃない〜  しかしこれはリアル、現実だ
その踊りは「美しい」としか表現のしようがなかった
わたしは“凄い”を超えた“美しさ”にだだ泣きしていました

 ただひたすら“美しかった”

わたしの想像などはるかに超えていました
言葉がないんです  「美しい」としか言いようがないんです!!
わたしは美しい踊りに否定的でした
なぜならわたしがこれまで踊ってきたダンスは美しい踊りじゃないからです
美しさとは別のものを一心不乱に踊ってきたのです
だからこそ「美しかったよ」その言葉をどうしても受け容れたくなかった

 わたしは知りませんでした
 “美しい”その意味を凌駕する踊りがあること
 …わかっていませんでした  なんにもわかってなかった
 ダンスは美しさを突き抜けるんです

今まで観てきたバレエとは根本的に何かが違う
わたしはその“何か”の正体を暴こうとした
どうやらそれはエトワールの力じゃない

 “全体の押し上げる力だ”

わたしたちが普段観れるものはせいぜい化物が二人くらいのstageです。
ところがパリ・オペラ座は決定的に違う。
全出演者が化物クラス。
全員が踊るために生まれてきた身体と資質を持ち合わせています。
その中でエトワールは更に特別な存在、その才能が燦然と輝きを放つのです。

バレエはこんなところへいけるのか
この感情は“この域”にいなければ決してつむぎだせないでしょう
だからこそダンサーはパリ・オペラ座を目指すのです
ここじゃないとダメなんです   “絶対的なダンス”を踊るには

 それはひとつの究極のダンスでした

わたしは“美しい”その尺度を、思い込んでいた範囲でしかとらえていなかった
その尺度、ものさしは壊されてしまいました

ダンスに“限界”はないのです


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Taisuke [HOMEPAGE]