2004年04月14日(水) 記念品

 客席で録音したものをPCに落とし、CDへうつす。半分までが600MBなので、ちょうど2枚ですべての演奏が収まる。このCD2枚組が記念品。


 業者さんに頼むと、マイクも高性能で、それはすばらしい、雑音の入らない録音のものを作ってくれるけれど、1人の演奏分のものが1500円、といった相場だ。
 自分で客席で簡単に撮ったものは、音質も劣るし(それでも何とかステレオ録音はできる)、周りの音も入る。でも、拍手も入る。
 全員の演奏を落とすこともできる。これは、みんなで作り上げた2時間のコンサートの記念、という意味が生きる。いいなと思った曲をまた聴き返せるメリットなどもある。わざわざ別料金でお金を取るとなると、ちょっとこの音質では…ということになるかもしれないが、プレゼント、なら許されるかな。

 記念品にはいろいろな考え方があると思う。毎回結構悩んできた。
 モノが一般的だと思うけれど、単なるモノとして生活に埋もれていくのもちょっとさみしい。逆にそうやってあげたものを愛用してもらえるのが嬉しい、という取り方もできる。
 しかし、愛用してほしい、喜んでほしいと思うと、好みや年齢差、男女差などの、個人差の壁で悩む。
 それで、音楽がモティーフになった、食器や文房具などに落ち着く。これなら誰でも使えるし、発表会の記念としても格好がつく。
 お菓子にしてみたりもする。残らないけれど、もらった誰もが嬉しい。

 しかし、発表会費としていただいたお金で、私の主観のみで買い物をし、生徒に渡す、というのはどうもしっくりこないのだ。
 おうちの方も、頑張って練習して、いい演奏ができて、素敵なプレゼントをもらえてよかったね、と思う反面、プレゼントはいらないからその分会費を安くして、と感じたりするかもしれない。
 私の生徒さんのおうちはきょうだいが多い。複数習っているおうちも多いし、3人の中の1人が来ている、というおうちも多い。そういうおうちは、実際問題、会費もばかにならないのだ。3人分のお月謝と、3人分の会費を納める、というのはかなりの出費なはず。3人きょうだいで育ち、4人子持ちとなった私は、ついそんなことを気にしてしまいがちなのだ。

 もう一つ、いろんな音楽に触れてほしいことからゲストに来ていただき、最後に演奏をしてもらったけれど、それを、当日のプレゼントと思ってほしいという気持ちがあった。モノはいつでも渡せる、でも音楽を聴く機会というのは、時と場所が必要。自分の発表後、リラックスしてちょっとしたコンサートを聴く、いうのはなかなかいい。

 なるべく会費は安く、使い道は透明に。当日は、それぞれの演奏へは花束と、ゲスト演奏を楽しむ機会を。後日、発表会の記憶が冷めないうちに写真とCDを記念に。一応ビデオも、来られなかった人に見せたい、という声に対応できるよう撮り、貸し出しという形で、ほしい人にはこれのみ別料金をいただく。そんな今回の発表会の形が、私らしい気がする。10年で、そんな納得できる形に落ち着いた。
 もちろんそれにはPCという、昔では自分でそういうことができるなんて想像もできなかったことを手助けしてくれる道具のおかげ。お金も時間も労力も使ってきたけれど、猫に小判とならずにすんだ、と言っていいかな。
 
 今週はCD・プログラムと生原稿・写真のセットを生徒さんに配っている。今日はやっと発表会のホールの使用料を支払いに。これで何とか発表会関係は落ち着きつつある。1ヶ月以内に終えたい、と思ってきたけれど、ギリギリセーフでした。

 もちろん、十人十色なので、あくまでも、私だけの考えです…。


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