LORANの日記
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2006年10月29日(日) 愛と不安


行動の動機には「愛」か「不安」があります。

「愛しているから・・・」という言葉は、愛が動機でしょうか?


愛が押し付けになっていたら、それは愛ではありません。

「この子が愛される人になるように。」と折檻して殺してしまった

母親がいました。


愛と思っているのですから、罪の意識はありません。

愛とはこれほどまでに、痛々しいのです。


自分の考えを相手に押し付けるのは、愛ではありません。

愛は相手を責めたり、命令することではありません。


愛は相手を認めること。相手を許すことです。

相手を解放すること。相手を手放すことです。


しかし自分に不安があるから、相手を許すことも手放すことも

できません。30歳になってもパラサイトしている例がそうです。


愛国はだれでも自然に持っている愛情です。

それが国家の言う愛国とは内容が異なります。


国民が愛しているのは、自分が育った故郷の山河です。

国家が愛しているのは、権力の支配構造です。


自然な感情を、特定な人々の権力維持に利用されては堪りません。

人が愛と言うとき、それが「愛」か「不安」か確かめる必要があります。


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