LORANの日記
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2006年10月18日(水) 優しさと・・・


昨日のつづきです。


優しさはたいせつですが、そこに強さが必要だと書きました。

その強さは腕力や武力、暴力ではありません。


自分の中にある意識の力を言います。

意識の力は、規制や制限と異なります。


「こうしなければならない」と思っても、それが不安をベースに

していれば、規制や制限になります。


それがもし、自分のこころの奥底から湧き上がってくるのなら、

自らを動かす原動力であり、勇気になります。


このように同じ言葉でも、その原因たるエエネルギーによって、

まったく反対の結果になるのですから、注意が必要です。



「愛」という言葉は誰でも好きですが、思いや行為は反対になるこ

とが多いので、注意を必要とします。


「愛」があるから相手の裏切りを許せないと言う人がいます。

そして相手の非を責め、終には破局に至ります。


「愛」があるから相手の非を許す人がいます。

相手も寛大なこころを汲んで、2度と同じ非を犯さなくなります。


「愛」は執着ではなく、開放です。

制限や規制ではなく、許しと自由です。


大好きな小鳥を鳥かごで飼う人もいれば、育つ環境へ開放する人もいます。

それはその人の意識の問題であり、善悪の問題ではありません。



法律を犯さなければいいと思っている人が多くいます。

法治国家だから、法律を守ることは当然でしょう。


しかし本来、法律は無用だと思います。

法律は規制ですから、違反すれば罰則が適用されます。

罰則があるから法律を守るのでは、本末転倒です。


人と人の関係は、お互いの優しさやいたわりがベースでなければなりません。

ですから法律ではなく、エチケットがあれば十分でしょう。


そうなれば警察も刑務所も要らなくなります。

軍隊も兵器も要らなくなります。


人間にもし叡智があるなら、優しさをベースにした世界を創造しましょう。



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