ぴんよろ日記
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昼間、家にいる時はだいたいエプロンというか、前掛けのようなものをしている。家事をする時もだけど、パソコンに向かって文章を書くという、およそ必要なさそうな時も。これは以前、いつも愛用しているポーチを作ったタイの女性の制作風景の写真を見たことと、大いに関係がある。家のそばとおぼしき木々の下で、豆をむいたりスパイスを潰すような感じで、針を動かす彼女。それを見たとき、私も、ごはんを作ったり掃除したり、草むしりをしたりするように、考えたり書いたり作ったりしたいと強く思ったのだ。頭の中と机の上だけで考えない、(さしあたっては長崎の)歴史とか民俗とか、そんなようなもの。観念や趣味じゃない、身体で感じる、生活の肌ざわりを持ったもの。 民俗学って、本来はそういう世界のことを扱っているはずなのだろうけど、「学」になっちゃうと、どうしてもそこから遠ざかる。しっかりした記録で残されていないものを扱うことが多いから、どうしても「いろんな事象の『由来・意味不明』のままの羅列」で終わることも多いし、さらには、その空白部分に夢や理想や空想や妄想やロマンが「正解」として充填されてしまうこともある。柳田国男や折口信夫、南方熊楠なんていう、民俗学の初めのほうの「巨人」たちが、あんまりにも天才だったものだから、それもありだったのだろうけど、普通の人にはできない。そしていくら天才たちでも、大勢の人が暮らしと人生の中で少しずつつちかってきたものを、もてあそんでいいわけがない。私はただ、前掛けをしめて、ごはんを作ったりお母ちゃんをしたりしながら、なるべく妄想に走らないように、あれこれ考えたり作ったりしていこうと思う。
あいかわらず、トイレ関係でこまったさんのはるちゃん。しつけの方法を検索しても、すでに試した方法しか見つからない。でも昨日見つけたサイトに、「生まれつき縄張り意識の強い猫や、愛されたがりの猫は、後から来た猫であっても性別を問わず粗相しまくる」というようなことが書いてあって、これか…と納得。そして「そういう猫は多頭飼いに向きません」とのこと。「向きません」って言われても…。
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