ぴんよろ日記
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2011年11月10日(木) 否定は快感

 いまではもう、あまり知る人もいなくなったかもしれない、消息不明のある人のことが、2〜3日前に頭をよぎった。今朝、「この人だったら消息を知ってるかも」と思う人と話したので、ちょっと聞いてみたが、ぜんぜん知らないとのこと。そしてその人も、2〜3日前に、彼のことが頭をよぎったとのこと。……。なにもなければいいが。

 やっと晩秋らしい寒さ。これくらいがちょうど好きだ。

 ここ数日で、ミサキンが「ダメ〜」と言うようになった。最初はたまたまそんなふうに聞こえたのかな?と思ったのだが、的確な状況で発せられているようなので、どうやら本当に「ダメ〜」らしい。ヒコがぎゅーぎゅー抱き上げたりする時はもちろんだが、自分が持っているものを渡すそぶりをして、受け取ろうとすると、「ダメ〜」と言って手を引っ込めることもある。そんな時は、とてもうれしそうな顔をする。なるほど「否定」とは、とても本能的な快感なのだ。「まんま」「はい〜(おっぱいのこと)」「あーちゃん(家族を呼ぶ)」「こ、こ(あらゆる要求)」「あ〜よ〜や〜さ(コッコデショのかけ声)」の次に出てきた言葉が「ダメ〜」なのである。人がやろうとすることをすぐ否定する人がいるけれど、そしてけっこう地位も名誉もあるような人に多い気もするけれど、こうしてみると乳幼児的快感に身をまかせている場合も少なからずあるんじゃないだろうか。政治家、とか…。「おまえ(のすること)はダメだ」というとき、そこには「オレの正しさ」という「気持ちよさ」があることを、人の振り見て我が振りなおせ、である。
 しかし、オッサンたちの否定ごっこは腹立つが、ミサキンの「ダメ〜」は「ダメ!」じゃなくて、ちょっと甘い感じの「ダんメ〜」。言われてもぜんぜん腹が立たない。


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