ぴんよろ日記
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さすがにアクセル踏みっぱなしの日々、ツイッターでポツリとつぶやく程度で力尽きてしまっていた。疲れが進むと、日常の動作のいろんなことにつっかかるようになってしまってせつなくなるが、今回は「コンタクトをはずそうとして、指で鼻の穴を広げた」という、症状としては重いけれど、笑うしかない事例が発生。眉間に寄っていたであろうシワがのびたってことでプラマイゼロとしよう。 今朝は…とは言えないほどの朝早く、ミサキンのおっぱいで起きて、そのままウトウトしていたら、静かだけど無視もできないくらいに「どどーーーーん、どどーーーーん」という音がしばらく続いて、窓も揺れているような気がした。工事でもやってるのかな…と、またウトウト眠ってしまったのだが、どうやらそれは霧島の新燃岳の火山活動による「空振」によるものかもしれない、とのこと。なるほどー、と思ってテレビを見つつ、ふと窓の外を見たら、ちょうど霧島の方角からまっすぐな雲がのびていて、さらにちょうど目の前で虹色になっていた。これを見て、なにか思わずにいるということって、むつかしい。自然を眺めている時にわき起こる、感情とも気持ちとも考えともつかないものって、自分の脳味噌や遺伝子の、奥底〜の部分から来るんだろうな、と思う。
さて、今日の夜中、ようやくダンナが帰ってくる。昨日電話がかかってきて「3時に東京に着いて、5時の飛行機で福岡に飛んで、片付けもあるから帰りは10時か11時くらいかな」と言われて、その道のりを想像したら、想像できたので、なぜだか涙が出てきた。アメリカにいる時のことは、いざ想像してみようとしても、行ったことがないし、どんな感じの空気なのかもわからないし、マイナス20度なんて言われてもますますわかんないから、うまく想像できなくて、淡々と日々を過ごすしかなかった。それが、想像できたとたん、ジワッと熱いものがこみ上げてきた。「想像してごらん」とはよく言われることだけれど、本当にそれをすることは、とてもむつかしい。身体に近いところにある気持ちを動かすほどには。
…って、ダンナがいなくなってすぐのころに書いたこととはまったく反対のような気もするが、どっちも実感なのでしかたない。こういう「矛盾」を、今後もいろんな方面で見つけていきたい。そして「矛盾が矛盾でなくなるところ」まで持っていきたい。
新燃岳…すごい噴火だ。
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