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ぴんよろ日記 DiaryINDEX|past|will
夜は紅灯記で、こないだいただいた広告賞の祝賀会。哀しいかな味覚はクローズしたままだったが、咳き込みながらも食べまくる。味覚はたしかに無くなっているのだが「おいしさ」はわかる。とても変な話だが、そうなのだ。ひとつの機能が失われても、なにかほかのものたち…この場合は食感や温度を感じる部分…が、どんどんその「穴」をカバーに入ってくれているようなのだ。味はわからない。でも、おいしいってことは、わかる。神秘だなーと思うけれど、福岡(伸一)センセイの本に出てくる細胞たちのはたらきが、妙に納得される。たとえポッカリなにかを失っても、生きてさえいれば、自分自身の思わぬところから、その穴をふさいでくれるものたちが現れる。いろんな損失を想定して備えたり守ったりするのも大切かもしれないけれど、それよりも、当たって砕けて穴が開いちゃったときにはきっとそれをカバーする援軍が現れるので、それを養う底力をつけといたほうがいいのではないだろうか。柔らかさ、とか。
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