ぴんよろ日記
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2008年10月07日(火) あたたかい真空

 3時過ぎに起きて、着付けへ。いよいよだ。6時にヒコとダンナと合流。いつもは8時になっても9時になっても起きないヒコだが、耳元で「くんちだよ」とささやいたら、ガバ、っと起きたらしい。
 諏訪町へ着くと、もうたくさんの人が来ていた。本番の前のそわそわ。踊りの瞬間だけでなく、このそわそわも、祭りの醍醐味だと思う。テレビを初めとする、様々な「伝えるもの」は、どうしてもこの部分を切らざるをえないという運命にある。「見るのとするのじゃ大違い」とは、よく言われることだが、この時間を味わうことこそが、参加者の特権かもしれない。中落ちやまかないの旨さ、にも、ちょっと似ているかもしれない。
 赤いターバンを、町の人に巻いてもらう。他の子どもたちも、どんどん巻いてもらっている。その光景を見ているだけでも、胸に迫るものがある。親や先生以外の大人から、こんなにも掛け値なく子どもたちが接してもらえることは、どんなにか宝物だろう。夏の間の厳しい練習を、ともに過ごした人間同士として、ひとつもお互いの顔色をうかがうことなく、変な期待もせず、見返りも求めず、ただひとつの目標に向かって、すがすがしく笑い合いながら、ターバンを巻き、巻かれる。もう、この時点で、涙腺が危ない。
 静かにシャギリを聞き、お諏訪さんまでの道のりへ出発。ヒコも神妙に歩いている。普通だったら「はいどうじょ(ヒコ語で「抱っこ」の意。自分自身を「はいどうぞ」と差し出している)」が出てもおかしくない距離なのに、そんなそぶりは見せない。
 踊り馬場のソデに着くと、心臓はかなりバクバク。ヒコの手をしっかり握りなおして「がんばろうね!」と言うと、頼もしげにうなずく。争奪戦のジャンケンに負けたので孫龍は持てないけれど、くんちの諏訪の踊馬場を踏む時が、ついにやってきた。
 踊馬場の三方は大観衆。すり鉢の底が、踊馬場だ。これまで、観客席にも中継席にも出演者のすぐそばにもいたことがあるけど、出演者としてこの場に立つと、風景はぜんぜん違っていた。予想していた厳しさや恐ろしさ、人が迫り来る感じ…とはまた別のもの(もちろん、私はただ子どもの手を引いて歩くだけだから、演技をする人とは全然違うとは思うのだけど)に包まれた。それは、なんともいえないんだけど、強いて言うならば、「あたたかい真空」みたいなものだった。人肌くらいの、そんなに湿り気はなく、濁りもなく、騒々しいんだけど静かで、人の顔すべてがはっきりと見えつつ、でも、識別できない…。とにかく、目の前にあるんだけど、ない、っていうような…。
 階段を下りたら、龍囃子が聞こえてきた。あぁ、終わったんだな。遠くでうねる龍をバックに、ヒコの写真を撮る。「たけやま」さんに寄って、人心地。

 「7日の朝のお諏訪」が特別…むしろそれがすべて…だってことは聞いていたが、確かにそうだった。公会堂、お旅所、八坂神社…それ以降の場所は、とても楽しんだ。7日の夜の公会堂では、念願の「玉」を持って、かなりご機嫌のヒコ。深々とお辞儀をして、笑いを誘っていた。8日の夜は、お旅所に遊びにさえ出かけた。9日のヒコに至っては、慣れとくたびれで朝も起きられず、行かないと言い出す始末だったが、この日の「孫龍争奪くじ引き」では、ジャンケンに弱い母とは逆に、みずから「頭(!)」を引き当て、玉とはまた違ったよろこびを感じていた模様。

 夜は、アーケードへ。かなり電池切れな感じのヒコだったが、そこはお祭り男。川船の姿が見えると、がぜん元気になり、龍と一緒に町へ帰るころには、ずっと踊っていた。最後のシャギリを聞いて、みなさんと乾杯。本当にありがとうございました!


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