ぴんよろ日記
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2005年12月08日(木) おなじようなことを、また。

ジョンレノンの命日なので、ジョンレノンのCDをかけてみる。
単純。
CDなんて聴くの何日ぶりだろう。
普段はあまり音楽を聴かない。
この日記だけ見れば、いつもいつも、YMOを大音量で聴いているかのようだが、
そんなことはない。
必要なときしか音楽は聴かない。
音楽を「流して」いることができない。
音楽を聴きたくなるとき…たぶんその時の自分の心には、なにか、寂しさとか、
どうしようもなさなど、プラスマイナスで言えば、マイナスの因子がかすめている。
マイナスの因子が嫌いなわけじゃない。ダメだと思っているわけでもない。
ただ、音楽によって、それをうまく深く味わえる気がするのだ。
音楽にはそういう力が、私にとっては、ある。
だからプラスプラス!元気いっぱい!エネルギー満点!なんて時は聴かない。
(あんまりないけど。そんな時は)
YMOを大音量で聴き続けてます、なんて時は、だいたい崩壊寸前だ。
食い止めてもらっているのだ。

でも今日はジョンレノンをかけておこう。
そんな人が、世界中に何人いるだろう?
それを知ったジョンレノンは、多いと思うだろうか、少ないと思うだろうか。
たぶん…多いとか少ないという世界にはいないのだろう。

ジョンレノンが死んだと知ったときのハハのショックの受けぶりを、
今でもありありと思い出すことができる。
ひょっとしたら、本人よりも。
私は10歳だった。
今よりももっと、途方もない考えごとばかりしていた。
生身の肉体をともなうものではなく、意識の中の、抽象的なことばかり。
そこに、会ったこともない外国人の死がやってきて、
自分の母親を悲しませているというのが、非常に衝撃的だった。
「これでもう、ビートルズが揃うことはない」と、ハハは涙ぐんでいたが、
誰の顔もない抽象世界で頭を満たしていた私には、
ひとつの肉体の死が、
交換不可能な穴を世界にあけるのだと実感したことが大きかった。
…なんて、きっちりと説明できたわけじゃないけど。さすがに10歳だから。
でも今になって思うと、あの瞬間をこれだけ覚えているというのは、
そんな理由によるものだと思う。
とにかく驚いたのだ。
「それを聞いた瞬間にお母さんが泣き出すことって、なんなんだ?」って。

私だったら…YMOの誰かが死んじゃったら、あんなふうになるのかも。
どんとはすでに死んじゃってるし、ヤナちゃんはまた、ちょっと違うし。

そして、ぼっちゃんもまた「なんなんだ?」と思うのかもしれない。
「これでYMOが揃うことはない…」と涙ぐむ私を見て、おなじようなことを。


◇◆◇


朝は、スープの最後の残りで、リゾット。

昨日の夜は鶏のササミでチンジャオロース。水菜サラダ、舞茸スープ、など…
を、なんとか作ったが、あまりにも家のごはんが続くから、
一瞬、なにを作っていいのか、ボーっとわからなくなった。
お肉やディープな油ものや極度のエスニックや乳製品を使ったものなど、
乳のために避けているものが多いので。

そろそろ外のごはんを食べたい。


◇◆◇


いま流行りのロハス。
テレビでロハスな人度を測るチェック項目をやっていた。
我ながら、かなりロハスだったが、
「高収入」
というポイントが致命的に外れていてせつなかった。




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