ぴんよろ日記
DiaryINDEXpastwill


2005年12月07日(水) 濃い付き合い

外に出なくちゃと言いながら、寒いのにかまけて、もう3日は出てない。
しかしこの3日で「オフィス・角打ち」をはじめ、いろんな工夫ができた。
こうしている今も、立って書いている。
「だっこしなきゃ!そしてその間はなにもできない…」という時間が、
体力は使うけど、まぁ、戻ってきたわけで、めでたい。


◇◆◇


人との付き合い方というのは、まったくもっていろいろだ。
同じ私が付き合うのでも、あの人とこの人とでは、まったく違う。
仕事の上でとても大切に思っている人だからといって、
しょっちゅう飲みに行くわけでもないし、
飲みにはしょっちゅう行くけど、
昼間にコーヒーをしみじみ飲むなんて、そういえば一回もしたことない、など。
たまに会う人、週に一度は会う人、
ぜんぜん会わないけど、会えば、何年ぶりだろうが違和感なく話せる人。

ただ、ここで大切なのは、
誰一人として、自分が会おうと意図して会ったわけじゃないということだ。
どんなに大切な人であっても、
会ってしまってから、大切な人になった人ばかり、ということ。
たとえ通う学校を選んだとしても、そこで会う人までは選んでない。
でも、その学校で会った人と、学校を出てからも付き合い続ける。
「会いたい!」と思って会う人もいるけど、
自分とその人がどんなふうに付き合っていけるかは、
付き合ってみないとわからない。
そんな感じで、人との関係は始まり、つながっていく。
そんなふうにしか、人とは会えないし、つながっていけない。

親子だってそうだ。

ぼっちゃんに対して、ますます「この人は私とは別の人間である」
という思いを深くしているが、つまりは、子どもって、
ある人とはコーヒーをしみじみ飲み、この人とはお酒を飲む、
というような「縁と役割」の濃くて深い同列に、
「腹の中に発生する」「産む」「育てる」っていうのがあって、
そのポジションにいる人なんじゃないだろうか。

人との付き合い方のひとつとしての「産む」とか「育てる」。
濃いな…。濃い付き合いだ。

少なくとも私は、
ぼっちゃんが、こんなぼっちゃんだと知ってて選んだわけじゃないし。
でも大切に思って産んだし、育てている。
将来、いろんなことを話したりするのを楽しみにしている。

あ、だけど子どもって、親を選んで生まれてくるんだったっけ。

物好きなヤツ…。


◇◆◇


朝はハムエッグとスープ。



トンビ |MAILHomePage