ぴんよろ日記
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| 2005年07月25日(月) |
気づいたらやってきていた朝とそれが来る前の夜。 |
気づいたら朝だった。 お風呂に入って髪も乾かさず、本を読みかけたまま、 エアコンも電気もつけっぱなしで眠っていた。 もぎくんの空腹に起こされた。 髪は、形を整える前の塩沢ときみたいになっていた。見たことないけど。
昨日の夜は、人に誘われてライブに行って、 そのままちょっとごはんを食べたつもりが、夜中をまわっていた。 「出かけるけど、情熱大陸は楽勝で見れるだろう」 という計画が、2週続けておシャカに。そしてメンバーはほぼ同じ…。 飲み屋さんなのだが、料理がおいしかった。 あ、そういうのを小料理屋さんと呼ぶのか。 馬のレバ刺し、ハモの天ぷら、ゴーヤチャンプルーが、特においしかった。 さらに選ぶなら…ゴーヤチャンプルーだった。
ライブでは、 「ちらりと知っているが、知らないことにしておきたいような人たち」と、 隣り合わせてしまう。 (まぁそれ以前に、なかなか見応えのある客層ではあったけど。) でも、私をライブに誘ってくれた人も、そのうちの1人が苦手らしく、 その人のことについて話すのは初めてだったが、 「ねぇ、もう!」「私も〜!」だけで話が終わったのがおかしかった。 その人のどういうところがどんなふうにイヤなのか、 お互い手に取るようにわかった手応えを、超高速で伝えあったのだった。 もう1人の人は、 私に気づいているはずなのに知らないふりをしている感じがひしひしとして、 それもまたおかしかった。まぁお互いさまなんだけど。
そして久しぶりに、「腰巾着」という言葉を思い出す。 あれ?「茶坊主」だったっけ?いやいや「太鼓持」ってのもあったな。 「幇間」っていうとカッコいい感じもするな。
ダメダメ、そういう次元に意識を持っていくのは、自分の心も低くする。
ライブは、ちょっとメッセージ性(ピース系)の強いようなものだったのだが、 それをやる側の「芸のこなれ具合」が、 そのメッセージが本来持っているはずの原始的な衝動と、 いささか離れちゃってる気がして、 だったらヘタに熱く語らない方がいいのでは、というようなものだった。 あんなことをやるのって、難しいなぁ。
コーヒーを飲みたくなって、ゴリゴリ挽く。 そしたらパンを食べたくなって、カリッと焼く。 さらに目玉焼きを食べたくなって、ジューッと焼く。 野菜ジュースもゴクゴク。
今日は、昨日までに出していたアイデアをまとめる作業だ。
◇◆◇
そう、思い出した。 昨日のライブで「花」が歌われたのだが、 私はどうしてもあの歌に気持ちを密着させることができない。 わたしが大好きなどんとだって、あの歌を大好きだったようなのに、 (どんとが歌うバージョンだけは、なんとか聴ける) どうしても、なんか、自分の歌だとは思えない。 そのわけのひとつを、昨日お風呂に入りながら思いついたのだ。
泣きなさい 笑いなさい
私はそんなこと、人に言われてやりたくないのだ。 たとえそこにどんなすばらしい意味が込められていようとも、 「なさい」という言葉の形を取って立ち現れた時点で、 私にとって、心を開いて聴き入る歌にはなりえないのだった。
すごく単純な言い訳みたいだけど、そんなふうにしか好きや嫌いになれない。
◇◆◇
夜はキャベツの千切りをどっさり敷き詰めたショウガ焼き。 タレを多めにして、キャベツにもかけておいて、お肉と一緒に食べる。 お肉だけ食べるより、なぜかごはんが進むのであった。 ところてん、ニンジンとごぼうとキャベツの芯の味噌汁、 アシタバともずくとシイタケの酢の物、トマト。
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