ぴんよろ日記
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音浴博物館の栗原さんについて、また考えたりした。 ものすごい分量の物々に囲まれながら、 「物にねー執着はないんですよーハーッハッハッハ」 と笑い放っていた栗原さんだが、 だとすると、長崎になんのゆかりもない彼が、 今となっては死のほんの数年前に大量の物とともにやってきて、 さらにまた大量の物が集まって、 その物々と人々が自由に混じり合った空間を作ったということは、 つまり栗原さんは物から選ばれちゃったんだろう。 蓄音機で聴く大昔のレコードなど、あまりにも自由に扱えるもんだから、 「もうだいぶ盗まれちゃったみたいだよーハーッハッハッハ」 ということにもなったけど、それは、善悪の問題はさておき、 盗むほど欲しい人のもとへ、栗原さんを介して渡っていったということだから、 ひょっとしたら物自身にとっては、 よりよく生きながらえる道を通っただけなのかもしれない。 盗むまでとはいかなくても、蓄音機の針だってじゃんじゃん替えて、 貴重な盤だろうがなんだろうがどんどん聴かせて、 「すり減ったらすり減ったで、それがその物の持つ運命だし、 聴けるときに聴かなきゃ意味もないし、なおしこんでてもしょうがない」 と、次から次に聴かせようとする栗原さんは、 やっぱり物たちに動かされていたとしか思えない。 LP盤をステレオで聴いていたとき、 「そんな小さな音じゃダメダメ。わかんないよ」といって、 爆音レベルまで音量を上げて立ち去っていったが、 たしかに、爆音の中にだけ見つかるような、微妙な音があった。
こうして思い出すと、妙に栗原さんの言葉って、覚えてる。
あれだけ多くの物を、いちおうはひとつの空間に置きながら、 そのありかたを、盗みたいと思う人がたやすく盗めることも含めた、 じつに様々な要素にゆだねさせるということは、 普通に言われている意味で物に執着のある人にはできないし、 しかし、物を愛していない人にもやはりできない。
あそこにある物たちは、かしこい。 いい人を選んだ。
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