ぴんよろ日記
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| 2005年03月08日(火) |
ほんとうに急ぎだろう |
のんびりぼんやりしていたら、 急ぎの仕事が入りそうで、これから打ち合わせに行く。 いつもわりとタイトなスケジュールで進める人が、 「急ぎなんだけど」と言っていたから、 締め切りはきっと明日とか明後日だな。 そういえば確定申告もしなくては。
外は晴れ。
明日からデパートで沖縄物産展がある。 材料を仕入れて沖縄料理を作ろうっと。
◇◆◇
締め切りは、明日の午前中だった。やっぱり…。 これからやろう。
◇◆◇
ここ数日、なぜか勘九郎づいている。新・勘三郎というか。 襲名までのテレビ番組を興味深く見たのだが、 その後、本屋に行ったら、これまたドキュメンタリーが出ていて、 しかも本人語りおろしの文庫も出ていた。 今まで特に勘九郎が好きとか思ったことはなかったけど、 なんとなくドドドーッと見たり読んだりしてみている。 そしたら今日、コーヒー屋さんで手に取った雑誌にも勘九郎が。
歌舞伎や狂言が好きって言うのって、 どうも気が引けるというかはばかられる。 ちょろっと見たりしただけでも、その世界の広さや深さや、 そこにかけられている役者たちの恐ろしいまでの血や時間や、 想像も付かないであろう様々なことがにじんでいるのがわかるから。 たぶん一生「歌舞伎が好きです」なんて言うことはないと思う。 あれは見るほうも、よほどの場数がいるし、 簡単に好きです、とかいうようなものじゃない気がするのだ。 もちろん機会があれば見ようと思うし、 こないだだってテレビで見ながら、おかしくて笑ったりもしたのだが、 なんだろう、歌舞伎や狂言って、 体に染みついていてこそ、ようやく好きって言っていいような、 私にとってはそんなものだ。 でもとてもそんな域にまで達してないし、達せそうもない。 「おもしろい」っては言えるけど「好き」と言うには、 血中歌舞伎濃度がまったく足りていない。
ただ、そのぶん、血中くんち濃度とか、血中チャイニーズ濃度は高いので、 そのへんは胸を張って「好きだ」と言える。
ずっとまえ、東京に行ったとき、踊りをする人の話を聞いていたら、 「私たちには『ぶらぶら節』はどうしても踊れない」らしい。 どうやったって、微妙な動きが出せないんだそうだ。 長崎的な、たぶんヌルリとした空気のようなものが、 ササッとさわやかな江戸っ子には無理なのだろう。 そのかわり、かなり上手な人でも、東京(こうなると江戸だが)じゃない人が、 江戸の曲を踊っても、やはりどうしてもちょっと違うらしい。 言葉の訛りみたいなものが、きっと踊りにもあるのだろう。
ご当地サスペンスを見ているときの、方言のささいな間違いのような感じか。 あれって、けっこう気持ち悪い。ゾクッとしてしまう。
「好き」って、思われているよりももっと、体を通ってくるもののはずだ。 だから逆に、そのものについてあまり知識がなくても、 好きって言いたいものや、言っていいと直感できるものは言っていい。
歌舞伎だってそうなんだとは思うけど、 私にとっては「好き」と言っちゃいけないものなのだ。
あ、そうだ、江戸時代がそんなに好きじゃないんだった。 原因はそのへんにもかなりあるな。
◇◆◇
浜の町を歩いていたら「みどりさん!」と後ろで声がしたので振り返ったら、 前から「あらーっ!」と声がして、私じゃないみどりさんが応えていた。 つまり、
みどりさんを呼ぶ人、みどりさん1,みどりさん2、
と並んでいることになっていて、 でもそれを知っているのは私だけでおかしかった。 ちなみに「みどりさん2」は、すっごい、絵に描いたようなおばちゃんだった。
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