ぴんよろ日記
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昨日の夜、浜の町から桜町の方まで、ひとりで歩いた。 その途中には、もうすでに、すっからかんに壊れた母校があるのだが、 夜、しかもひとりで目の前を通るのはイヤだな、と思い、 1本入った道を通ったのだが、 結局は小学校の前に出なければ、目的地に着くことはできないので、 いつも通っていた坂をのぼった。 坂を上ると、白い壁がどんどん大きく見えてくる…はずなのに、 なーんにもなかった。
それは当然で、頭ではわかっていて、だからこそ回り道をしていたのに、 坂をのぼっていく体の脳みそは、その坂をのぼることで、 私に白い壁を見せようとした。 でも、なかった。
手や足を、事故などで失ってしまっても、 しばらくは、その存在の感覚が、ありつづけるのだという。
体にしみついた感覚や条件反射は、簡単には割り切れない。 夜の坂をのぼることで見つけた「小学校の喪失」には、 あらためてびっくりさせられて、ここ半年ほど続いているこのことで、 初めて、少しだけ涙が出た。
「いつか読書する日」という映画を長崎で撮った監督が言ってた。 坂をのぼることを通じて、人間の肉体が感じられ、伝わるというようなことを。 それは、このような、体にしみついた感情までもが、 吹き出してくることをも含めたものなのだろう。
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