ぴんよろ日記
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2003年02月24日(月) ポッカリに立つ。

何日か前、CM撮影の現場というものを、初めて見た。
(一応、コピーライターで参加…)
とある、遠い昔のアイドルグループにいた1人が、
タレントさんとして呼ばれていた。

撮影風景をボーっと見ていると、
タレントさんというのは、孤独だなぁ、と思った。
スタッフは、たくさんいる。
照明さんだけで、何人いたかなぁ。
スタジオがセッティングされて、カメラ・クルーが何人もいて、
演出家もいて、デザイナーも、プランナーも、ディレクターも、
スタイリストも、スチールのカメラマンも、
及ばずながらコピーライターもいて、
もちろんクライアントもいて、みんな一点を見つめている。

そんな台風の目のような空間に、ポンとひとりで入っていって、
そこでセリフを言ったり、ポーズを取ったり、ニッコリしたりする。

昔の人は「カメラに映ると魂を取られる」と言っていたようだが、
それは、あながちウソじゃない。
私もテレビに出ていたことがあるので、すこーしだけわかる。
私的なスナップではない、公的なカメラの前には、
大なり小なり、ポッカリとした空間がある。
そこを自分というもので埋めた上に、何かを生み出さなくてはいけない。
「しゃべり」「ニッコリ」「解説」などなど、質は違っても、何かを。
さらにタレントやアイドルといった人たちは、
それによって「熱狂」や「お金」までも引き寄せることが期待される。

父がこないだ、私が番組をしていたスタジオを見る機会があった。
「娘さんは、ここに座って喋ってたんですよ」と言われ、
テレビで見て想像していたよりも、何かに驚いてしまったらしい。
後日、えらく感心された。
たぶん、その「ポッカリ感」に驚いたんだろう。
私が言うことでもないけど「娘の孤独とその対決」を感じたんだと思う。
番組は、とても楽しんでやっていたし、思ってもないことを言ったり、
おかしくもないのに笑ったりする必要はなかったので、
タレントさんやアイドルたちと比べものにはならないけれど、
その「ポッカリ感」は、小さいながらも体験した。

イジワルに見れば、アイドルなんて、ちょっとカワイイ顔して、
全部お膳立てされた中にホイッと行って、
ニッコリ笑えばいいんだから楽だよな〜、なんて思うかもしれない。
でも、あの台風の目の中は、想像をはるかに越える孤独がある。
その孤独に、意図的な努力か、無意識の性質として耐えることができて、
なおかつニッコリできる人だけが、タレントやアイドルをできる。
だから「台風の目に立つ人」が、少々常識外れでも、
頭が悪いと思われてしまっても、それはまったく無理のない話だ。
あのポッカリに、その身一つで耐えることができるのだから。


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