ヲトナの普段着

2005年05月18日(水) 【閑話】ラブレター

きみへ
 
 窓越しに、風が吹く笛の音がきこえてくるよ。この様子だと、今朝きみとみた公園の桜も、ひとときの春を謳歌して散ってしまうかもしれないね。ほら、ベンチに桜の花びらが二枚落ちてただろ。きみは何も言わずに見つめていたけど、僕は、あれが僕らみたいな気がしてたんだ。いや、なんとなくだけど。
 
 毎日顔をあわせて、毎日言葉を交わしているのに、どうして手紙なんか書くのかってきみは思うかもしれないね。本当に僕らは、いろんな話を沢山してきた。そりゃときにきみを怒らせたり、きみの涙に戸惑ったり、一緒に大声で笑ったりもしてきたけど、僕はね、いつまでもいつまでも、それを忘れたくないし、折に触れて、そのときどきのきみの心を、もう一回味わってみたいって思うんだ。
 
 言葉も、笑顔も泣き顔も、きちんと僕の心には刻まれている。そうだね、きみの心にもしっかりと刻まれている。それを僕はいつでも思い出すことができるし、きみもそうだと思うんだ。
 
 でもさ、ほら、初心忘れずなんて言うでしょ。人は頭でそのときの気持ちを覚えているようでいながら、心がそれをどう感じていたかっていうところは、時の流れとともに感じにくくなってしまうのかもしれない。僕はね、それを忘れたくないというか、いつも思い出せるようにしていたいんだ。だからこうして、きみに手紙を書いている。
 
 きみはあまり手紙を書かないけれど、それでも幾つかの手紙が僕の手許にはある。思い出したときくらいなんだけど、ふとそんな手紙たちを読み返していると、そのときどきの、きみの心のなかを感じられる気がするんだ。ああ、このときは怒ってたんだなとか、このときは寂しかったんだなって。
 
 この手紙たちをきみが書いていた瞬間は、間違いなく僕がきみの心のなかにいた。そして、小さな文字のひとつひとつから、きみのそのときどきの笑い顔や泣き顔が浮かんでくるんだ。僕はもちろん、いまのきみも大好きだけど、そんな手紙のなかにいるきみも、同じように大好きで、愛しいと感じて、大切にしていきたいと思ってる。
 
 だからね、僕はきみに手紙を書くんだ。いまこの瞬間の僕のきみへの想いを、そのまま言葉にすることはできないけれど、何か文字をつづっていくことで、そこに僕のこの気持ちが織り込まれるようにと祈りながら、ひと文字ずつ考えて、丁寧に手紙を書いてる。
 
 きみは、この手紙を読み返すことがあるんだろうか。そうだな、できれば、僕への想いに切なくなったとき、僕のきみへの想いに不安を感じたときに、これを読んでくれると僕はうれしいな。きみと同じことを僕は考えていて、きみと同じように想いを重ねているということを、もしかすると、手紙は語りかけてくれるかもしれないから。
 
 形で残すことよりも、心に深く刻むことのほうが大切だときみは言うだろうか。僕もね、それはわかるんだ。咲き誇る桜に向かってカメラを構えるよりも、肩を並べて一緒に桜を見あげていたほうが、ずっとずっと幸せになれるってこともね。
 
 けれど、形に込められた想いもあるでしょ。心が弱くなっているときとか、霧がかかって先が見えなくなっているときとかに、そっと手を伸ばして触れてみると、それだけで指先から伝わってくる何かが心を癒してくれるように、手紙っていうのもいいものだと思うよ。
 
 そうは言っても、やはりきみはそうそう手紙を僕に書いてはくれないだろうな。うん、べつにそれで構わないと思ってる。言葉にできない想いっていうのを、きみは人一倍大切にしている人だから。そんなきみが、僕は大好きなんだから。
 
 明日も明後日も、きっと僕らは言葉を交わすんだろうね。そして、一ヵ月後も、一年後も、十年後も、もっともっと先になっても、僕はこうして、きみに手紙を書いていたいなって思う。心と心が、いつまでも向かい合っていられるように……。
 
僕より
 
 
---- PostScript ----------
 
 チャットのログを記録している人っているのでしょうか。そんなことをしてる人は、おそらくほとんどゼロに近いでしょうね。それが、チャットというものだとも思います。そしてやもすると、想いもそのままその場に置き去りにしてしまうなんてことも、もしかするとあるのかもしれません。
 
 ラブレターの束を、いつまでも捨てられずにいた頃のことを、忘れたくないですね。ラブレター、あなたは書いていますか?


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ヒロイ