ヲトナの普段着

2005年05月07日(土) スーパーチャトレ列伝 玲子(仮名)

 チャトレにはそれぞれに「引力」があると感じることがある。宇宙物理学の世界では、この引力は質量に比例していて、同じ姿かたちをした物質であっても、その質量が大きいほうが引力がより強いということになっている。さしずめチャトレの引力とはすなわち、その女性が持つ奥深い魅力だろうか。多少の差こそあれ、似たような大きさの体つきをしているのに、おもしろいようにその引力の度合いは異なっているようだ……。
 
 
 玲子を初めて見たのは、とあるチャットサイトに新規登録してまもなくの頃だった。リストに居並ぶチャトレたちのなかでふと目に留まり、クリックしてプロフと写真を眺めて興味を持った。あいにく彼女は他の客とチャット中だったのだが、そのときだったか次の機会だったかに、チャット中の様子を「覗き」で入って確認した覚えがある。そのとき玲子は……ばか笑いしていた。
 
 ばか笑いと書くと語弊があるかもしれないけど、そのときの印象が僕のなかではすこぶる良かった。けれどどういう星の巡り合わせか、僕がそのサイトを開くと常に彼女はチャット中。いつになっても「はじめまして」すら言うことが叶わず一ヵ月半ほどの月日が経過したある日のこと、僕は別のサイトで彼女を見かけた。もちろん即座にドアをノックし、そこでようやく玲子と初めて言葉を交わすことに成功したわけだ。
 
 しかしその後も、初めて彼女を見たサイトで言葉を交わすことは叶わなかった。とにかくいつ行ってもチャット中、もしくはオフライン。玲子と二度目のチャットをしたサイトは、これまたまったく別のサイトだったのだから、よほどそのサイトと縁がないのかふたりの星が数万光年離れていたのか定かでないものの、妙な縁だなと感じたのは確かだった。
 
 それから楽しいチャット付き合いが始まるかと思いきや、じきに彼女はサイトから姿を消してしまった。IDごとなくなっていた。どのような事情があったのかは皆目見当がつかなかったけれど、玲子がネットから姿を消したのは明らかで、かろうじて見つけ出した某サイトのIDを経由してメールしてみたものの、返事が来ることはなかった。
 
 それから二ヶ月くらいが経過した頃だろうか、いつも出入りしているサイトで、僕は玲子を見かけた。二度目に言葉を交わしたサイトだった。もちろん即座にドアをノックし、再会を心から喜んだのは言うまでもない。そしてそのときから、僕らは急速に接近していった……。
 
 
 単なる恋物語だと思われるだろうか。そうかもしれない。僕は決して運命論者ではないけれど、どこか運命めいたものをそのとき感じたのは確かだ。けれど親しさを増すにつれて僕は、玲子がただならぬ女性なんだと感じるようになっていった。そしてそれが、僕のなかで彼女をトップクラスのチャトレとしても認識させたのだから、やはり僕は筆を進めるべきだろうと思う……。
 
 
 子どもの頃、「変わり玉」という飴玉が好きだった。1センチ程度の小さな飴玉のくせに、口の中に入れると甘さと一緒に芳香が鼻の内側から立ち上るような飴だ。それだけならどこにでもある飴玉に違いないが、変わり玉は舐めていると色が変化した。ピンク色だったはずがいつしか緑色になり、次は黄色でその次は青と、舐めるにつれて色が変化していく。
 
 多くの友達は、青の次に赤くなったところで口から出すのを止めてしまっていた。けれど僕は、飴玉がそれこそ1ミリくらいになったところで口から取り出し、赤から白へと変わる瞬間を確認するのが好きだった。どのような色を羽織っていても、最後は白になることが、なんとなく嬉しかった。
 
 玲子は、そんな変わり玉みたいな女だった。舐めるにつれて色を変えていく。味わえば味わうほど、そこからまだ先があることを匂わせるようなところがあった。
 
 確か僕はあのとき、「毒性の強い女だな」と語った覚えがある。失笑しつつそれを否定しない玲子が、僕は好きだった。そして表層の鮮やかな色が抜け落ちていった最後の「白」を本当は見て欲しいのに、それを見る前に過ぎ去っていく男たちに哀しげな目を向ける玲子に、そこはかとなく胸が焼ける想いがした。僕は玲子の「白」を見たいと思った……。
 
 
 人はそれぞれに固有の魅力を秘めている。玲子の変わり玉が総ての男を虜にするとは、僕ももちろん思いはしない。けれど圧倒的な引力で僕を引寄せたその存在は、やはり特別であったのかなと思えてくる。
 
 人生の機微という言葉がある。機微とは、表面に現れない微妙な趣をさす言葉で、辛いことや哀しいことを乗り越えて年端を重ねた者には、おのずと人生の機微が刻まれているということだと僕は感じている。そしてそれが、人としての魅力として現れる人とそうでない人とがいるような気もしている。玲子が持つ引力は、いま思えば、その機微であったのかもしれない。極めて高密度に濃縮された彼女の機微に、僕はある瞬間に触れてしまったのかもしれない。
 
 赤が白へと変化する、その瞬間を見てしまったのかもしれない。


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