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2011年02月03日(木)
「それでは、博士が考える、一番環境に優しいものって何です?」

『森博嗣の半熟セミナ 博士、質問があります!』(森博嗣著・講談社文庫)より。

(森博嗣さんが、『日経パソコン』という雑誌に2005年から2008年まで連載されていた「会話形式の科学問答」をまとめた文庫の「環境に優しい」という項から)

【助手「地球にとって良いことというのは、何なんですか?」

博士「うん、ようするに、人類が長く住めるような環境であることだ」

助手「え、そうなんですか? それじゃあ、地球じゃなくて、本当は人類に優しいのですね?」

博士「人類が死滅したって、地球はべつにどうってことないだろう。かえってせいせいしているかも」

助手「科学者とは思えない発言ですけど」

博士「僕はエンジニアだ」

助手「電気自動車とか、それから、キッチンを全部電化したりするのが、環境に優しいことですか?」

博士「わからん」

助手「また、専門外ですか?」

博士「電気自動車やオール電化は、その近辺では、たしかに空気が汚れない。だが、電気は発電所でつくられている。そこでは、石炭や天然ガスが余分に燃えることになる」

助手「一箇所で燃やした方が効率が良いとかってことは?」

博士「しかし、送電のロスはある。それに、発電が余分になっても、電気は溜めることができない」

助手「ソーラーパワーはどうです?」

博士「太陽光発電のシステムを作るためにエネルギィが消費される。地球環境的に、元が取れるかどうかは、わからない」

助手「じゃあ、えっと、あ、リサイクルは、環境に優しいでしょう?」

博士「リサイクルできるからって、大手を振って新しいものが出てくるが、リサイクルにも、エネルギィがかかるものが多い。だから、地球環境に本当に優しいかどうかは、よくわからない。とにかく、広く、そして長い目で見ないとね」

助手「それでは、博士が考える、一番環境に優しいものって何です? 核融合とかなしですよ。今あるものの中で、です」

博士「うーん、難しいな、まあ、最近のものでは、インターネットがそうじゃないかな」

助手「え? ネットがですか? これのせいで電気をばんばん消費していませんか?」

博士「人間が移動しなくてもよくなっただろう? 少なくともその基礎を築いた。将来エネルギィ消費を減らす可能性がある。しかし、それよりもっと大切なことは、人間の数を減らすことかな。それが一番地球に優しいし、人類にも優しいだろうね」】

〜〜〜〜〜〜〜

 いまの日本で生活していると、「エコ」という言葉を目にしない日は、まず無いと言っていいでしょう。
 マイ箸からエコカーまで、「環境に優しい」イコール「正しい」。
 しかしながら、いろんな本を読んでいると、「エコカーが環境に優しいとは言うけれど、その車を造るために使用されるエネルギーを考えると、『車に乗らないこと』と比べれば、けっして環境には優しくないのでは?」とか、「リサイクルのために使われるコストも含めれば、むしろ『使い捨て』のほうが、エネルギー消費が少ない場合もある」なんて話もあるようです。
 結局のところ、「環境に優しい」が流行るのは、人類のためというよりは、そういう商品のイメージが、消費者へのアピールになり、実際に売れるから、という面があることも否定できません。

 ここで書かれている、「人類滅亡(あるいは人口減少)」というような、人類の一員としては、理解はできるけれども受け入れがたい選択肢を除けば、「一番環境に優しいのは、インターネットだ」という主張は、最初に読んだとき、かなり驚いてしまいました。
 でも、言われてみれば、確かにそうなのかもしれないなあ、と頷かずにはいられない視点です。

 インターネットのおかげで、人や情報が移動するためのエネルギーの消費は、かなり減ったのは間違いありません。
 ネット時代の前は、必要な論文を探すために図書館に車で行って、郵便で取り寄せたものを手に入れるために、また車で出かけていたものです。
 もっと昔の時代の人は、一冊の本を読むために、長い旅をしなければならない場合もあったでしょう。
 そういうふうに考えていくと、インターネットというのは「エネルギーと時間を際限なく食いつぶしている」ように思われるけれども、実際は、かなりの省エネルギーになっているはずです。

 その一方で、「いろんなものがネットで手に入るようになった」ために、これまでは手が届かないと諦めていたものに対する欲求が抑えきれなくなっで、欲望の総和が増した面はありそうですし、「自分では直接手の出しようがない世界の出来事」を「知ることだけはできる」というストレスを抱えざるをえなくなったのも事実ではあるのですけど。